投稿者
 メール ※掲示板には表示されません(詳細)
  題名 ※管理者の承認後に掲載されます。
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.>医療 ]

全99件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 

森田の肉声

 投稿者:イマピ  投稿日:2009年11月 5日(木)15時51分37秒
  いやはや、びっくりです。もしかしてと思いグーグルで 森田正馬 を検索し
次に動画をクリック。そしたらユーチューブで森田の生前の公演かなにかの音声
がありました。斉藤さん、ぜひ聴いてみてください。感想を聴かせてください。
 

釣れない魚

 投稿者:モーチェ  投稿日:2009年11月 5日(木)03時48分3秒
  「斉藤先生はモーチェに勝っている」と印象づけること。
こうさんの投稿文から私が読み取ったのはそれです。
勝ち組の斉藤先生が一体私と何を争うというのでしょうか。

2ちゃんねるで私と勝負するのをやめたがらない人がいます。
無駄だからやめるよう何度も忠告したのに。
それに付き合うのも菩薩の仕事と諦めました。
 

こうさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2009年10月29日(木)15時20分45秒
  私へは先生だけつけるだけで後はラフな言葉で結構です。
先生を要求するのは、この人間が本当に神経症を治す気があるかどうか
試しているわけです。大抵は駄目だから先生を拒否して落書きして逃げる。
そのまま行方不明です。神経症を治すのはそれほど難しい。

2チャンネルで書き込んでいる人達の殆どは生活が大変乱れていて、この先も
治る予定が立たない。そんな人をあいてに喧嘩しても意味無いではないか。
争う、競う、戦うは現実の世界でやるべきです。報酬はばっちりですよ。

40年振りに小アンサンブルの指揮をして感じたのは人の音楽の心は指揮者の
棒に同期しているでした。
有名なベルリンフィルのカラヤンの棒を見たことありますか。彼の棒の動きと
オーケストラの音の発生は半秒ほどずれる。何故ずれるのかものすごく不思議
であった。でも今度のマンドリンの会合での合奏から、大きな体の動きと
音の出る瞬間は微妙にずれると学んだわけです。
でも本当の名指揮者は大曲全部暗記で頭の中に入るくらいの天才で
ないとならないから私は考えない方がよさそうだ。
 

モーチェさんへ

 投稿者:こう  投稿日:2009年10月29日(木)13時38分37秒
  私自身、本物の哲学者は世間と訣別せよと言うべきだと思います。
自身満々に訣別できるような気概がなければ、どんな高尚な議論をしても
意味はないと思います。
モーチェさんは私なんかよりずっと理解されてると思いますが、
世間と訣別しているふりをしている哲学青年、哲学者はたくさんいます。
しかし心からそれが出来ている人は本当に少ないのではないでしょうか。

斎藤先生は哲学者ではありません。哲学的議論も好まれないことを承知しています。
先生は神経症者のなかのトップに君臨される勝ち組です。
私が斎藤先生に惹かれてしまう所はやはり先生の人格にです。
一切ぶれない、堂々とした姿勢、2cHの卑怯者に攻撃されてもわが道を行かれる
この姿に尊敬の心が生じます。先生は世間の勝ち組であられながらどこか世間
を超越したところがあられるのではないか。単なる勝ち組に私は興味がないです。
先生の個性や精神、感性に惹かれるのです。
 

(無題)

 投稿者:モーチェ  投稿日:2009年10月29日(木)06時02分29秒
  今日の言葉より
『神経症が治るとはまさに下界に戻るのであり、生臭い世界で暴れることを意味しています。』

これを解釈する上でのポイントは
戻ったり暴れたりする場所(下界)に価値がある、とは限らないことです。
戻ると言われると、戻るその場所に価値がある、と考えやすいのです。

反対に世間と決別する覚悟を持つことで治る、と言われると
決別する場所(世間)に価値がない、と考えやすいのです。

世間や下界に価値がある場合とない場合とに分けると
斉藤先生はある場合のことを言っていると解釈するのが妥当ですから
私はない場合のことを考えてみたいと思います。

その場合、価値のない場所に戻り、暴れるということになります。
これが何を意味するかというと、無意味を意味しています。
 

文脈の判断

 投稿者:モーチェ  投稿日:2009年10月29日(木)02時51分57秒
  こうさんが言った”世間と訣別する覚悟”と
斉藤先生が言った”生き生き生きてお金を稼ぐ”が
全く逆のことを言ってることに気づいた人は
読解力があると思います。
 

こうさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2009年10月28日(水)06時57分21秒
  私の最終音楽歴はアマチュアのオーケストラでした。
都民オーケストラと言いまして東京都が財政的援助をしているオーケストラ
でした。恐らくアマチュアの中ではトップに位置しているのではないでしょうか。
ここでコントラバスを弾いていましたが、何分開始したのが遅すぎて途中で
退団しました。
オーケストラをやっていたときに指揮者の凄さに触れたのですね。
アマチュアだから音楽の難解な部分に来ると乱れる。そんな時に指揮者は
中央で仁王立ちになって正確にリズムを刻む姿は凄かったでした。
一度NHK交響楽団の指揮者に振ってもらったことがあった。
彼は50人以上の大集団から素晴らしい音と感情を引き出すのですね。
その棒の先端に引き寄せられるように楽団の心が向かう。
楽団と指揮者が微妙に呼吸をしながらクライマックスに到達するときに
団員と聴衆が感激に酔う姿は何べん経験しても良いものです。
 

(無題)

 投稿者:こう  投稿日:2009年10月27日(火)09時26分57秒
  先生は今回も楽しまれたみたいですね。
やはり神経症が治るというのはすばらしいですね。
私は大学でクラシックギターのサークルに所属していました。
ちゃんとしたギターの先生について習っていましたので、私はサークルのレベルが低くて
退屈したことを覚えています。
クラシックは好きです。特にクラシックギターはいいですね。
セゴビア、ジョンウイリアムス、などの優れた演奏家がいますよね。

最近の若いギタリストですと村治佳織のCDももってます。
 

クラブの同窓会に出席して

 投稿者:斎藤  投稿日:2009年10月25日(日)11時42分17秒
  昨日は42年ぶり2回目の同窓会に主席して大いにはしゃいできました。
去年は私の初めての登場であり、今年は2回目で40年のギャップをどう埋め合わせる
かの繰り返す疑問は大分消えて、真に現在の健康を楽しんでだ。
中には3人ほど既に亡くなっている人達がいる。最初はショックであったが
直ぐ事実として受け止め彼等は既に歴史の中に消えた。

クラブとはマンドリンクラブなのです。あの当時はクラシックオーケストラなどは
とてもとてもの時代だったからその代用品としてマンドリンクラブに入会して
若き日の血を沸き立たせた。
私は幸いにも音感が人より良かったせいでマンドリンとギターを弾きこなし、
さらに指揮までやった。対人恐怖が強烈な私が指揮をするなど考えられないと
思う。結果は読者の想像通り思わしくなく皆さんに迷惑をかけてしまった。

そこで今回の40年ぶりの温泉旅館での同窓会であるが、皆ギター、マンドリンを
持ち寄って合奏をするではないか。私はもちろんとっくに引けなくなっている。
合奏がはじまると誰とも無く「おい、指揮、指揮だれかやれ」の号令がかかった。
私は躊躇しながら次第に前に立ち上がって手を振り始めた。最初は指揮が
合奏についていくお邪魔存在であったが次第に調子が乗り、合奏と指揮が
微妙に呼吸し始める。合奏全体が盛り上がっているのを実感して、私も
多少の興奮を感じる。やはり合奏が10人を超えると指揮がないと音楽に
生命が生じない。

40年も引いていないから技術と感情がかみ合わない。それでも若き日のあの
感動が私の棒の元に集まって感情の一種の爆発を体験したのは大変な
収穫であった。皆さん同じ感激をしたのだろう。又来年に元気な姿を
見せるのと約束して会場を後にした。
これを読んで皆さんは私が既に健康世界に住んでいるのが分かると思う。
 

女性に持てる方法

 投稿者:斎藤  投稿日:2009年10月23日(金)17時51分24秒
  特にないと思う。やはり神経症を治すことかな。神経症が治ると生きる醍醐味
が分かります。生き生きしてくる。その生き生きした様子が異性に伝わり
アピールすると思う。また女性に持てるのは生きる醍醐味の一部と言いたい。
彼女がいても良し、いなくても良し。でもお金は無くては困る。だから
生き生き生きてお金を稼ぐ。そして次に女性かな。楽しみはいくらでも
あります。
 

以上は、新着順41番目から50番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
/10