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日本人と英語の話はしたくない

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月27日(火)09時01分32秒
  どうしてか日本人と英語の話をしていると不愉快になってくる。出来ないヤツが無理して英語の
講釈をするからだ。それに比べて外人は英語を話していて難癖を
つけないし、懐が深くてどんどん先に進む。特にネイティブと話しているとその話の深さに感激
する。

カナダのバンクーバー島に住むカナダ人は、最近不動産の値段が上がって地元の
人は買えなくなったと言っていた。毎月決まった日に政府は生活困窮者に一時金を
払うらしい。その翌日には死亡事故が急激に増えると言う。麻薬に走り飲みすぎで
死んでしまうのです。

多くのネイティブスピーカーは母国から離れて生活している。例えばタイに生活している人がいて、
DMM英会話で会話の先生をするのが手っ取り早い収入の道らしい。少し安いが母国より
物価が安いから十分と言う事なのであろう。ただし、彼らの顔には疲れが見える。
太陽があまりにも強いのだ。白人の皮膚には耐えられないらしく、それが疲れとして
顔に現れる。

話は違うが日本人と英語の話をしたくないのと同じ理由で、神経症者とも話したくない。
日常の生活が崩壊している人と雑用の話をしてもまるきり通じないし、
株の話をしても空しい。

やはり話をして楽しい人は、生活が充実している人達です。
外人は英語で生活ができるし、健康な人は生活が充実している。
実力、健康と言うものは良いものだ。

 

キューポラのある町を見て感動しましたね。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月26日(月)19時58分42秒
  川口は私が生まれ育った土地を川を隔てて向こう岸であった。私と同じ年代の吉永小百合が
土手を駆け巡っている光景を見て、ああ、あれを斎藤が同じ場所でやったではないかと感じた。
小百合が悲観して土手から降りて鉄橋下の草むらで思いつめるシーンがありますが、あそこにも
いった事があった。当時は産廃業者が動物、あるいは人間のお産の廃物を持ち込んで
投機していたらしく、その腐敗臭が凄まじいこと、その中へ小百合が走って行った。

映画で当時の川口が出てきますが、未だあちこちに雑木林が残っていて私が思い出す光景
に一致していた。あの川向うの景色は東北まで続く延々とした田園風景で、
それが環七が開通してから一変してしまった。今は田んぼの田の字もなくなって殺風景な
光景だ。

現在の光景がどうなっているかグーグルストリートビューで見たら、道そのものの輪郭は変わって
ないが、単なる家並みだけで子供の頃の風景が懐かしい。
 

日本の古い映画

 投稿者:イマピ  投稿日:2018年 3月26日(月)19時42分42秒
  私も日本の古い映画は大好きです。あの昭和の風景、街並みが映っているものが好きです。日本は天井に来たんでしょうかね。  

精神病の患者と争う分けに行かない

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月26日(月)16時58分1秒
  ここは精神病院であるから、精神病の患者と争う分けに行かない。先ほど英語を書き込んだ
人は、第二掲示板に書き込んで下さい。あそこは原則自由だから、言いたい放題書けば
よろしい。但し、脅迫を匂わすもの、個人のプライバシーを侵害するものは削除する。

今、元の名前、海さんがやたら書き込んでいる。独り言の連続だが私は一切干渉しない。
ただし、一人で連続10回に迫る時は古いものから削除している。
単なる強迫行為であるから、その人たちのプレイグランドを提供する気持ちはない。
 

無意識

 投稿者:あるがままの世界  投稿日:2018年 3月26日(月)16時04分30秒
  このHPで、無意識と繰り返すから、鵜呑みにする神経症者が運転を実行して事故を起こしたものがいた。
こういう記事はあらためるべき。

 

丸出し

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月26日(月)13時46分6秒
  斎藤先生に先生のようにふるまってしまうのは
滑稽ですが、世の中には頭の悪い人間が
いて自分の馬鹿さ加減を丸出しにする
人間がいます。
頭の弱さを丸出しにして自覚がない。
 

反論するのもバカらしい

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月26日(月)06時01分13秒
  格好良く英語を反論してきても、実際にあってその場で英語を話すと5分もいたたまれないで
逃げ出す人が殆どでしょう。
翻訳を開始した今から18年も前に、訳が間違っていると難癖をつけて来た人が
いた。こんな人に英語を話しかけたら反応しないだろうし、第一発音が全然ダメに
違いない。要は学校英語で終わった状態で私の訳に因縁をつけて来た。

日本人は直ぐ試験、TOEICを言い出すが、その裏には英語の基本である良い発音、
イントネーション、そしてスピードの感覚がまるきり抜けている。英語の基本は
ペーパーテストでは判定対象外であり、これでは英語を判定する基準としては
頼りない。

何よりも英語の真の力は本人が確認すべきものであり、テストにより他人に
判定してもらうものではない。英語は毎時毎分自分との闘いであり、判定は
その場でなされる。

私は今、英語を毎日1時間半は話している。最近は相手としてセルビア人を
選ぶ事が多い。彼らの知的レベルが高いからだ。残念ながらフィリピンは
がっくり落ちる。

何時も感じるのは多くの講師が先生を振る舞う事だ。
私を相手に先生なんて何をバカな事を言うのだと言いたいが、
これは大半の日本人生徒が初歩レベルだからこうなる。
要するに日本人が甘く見れらているのだ。

最後に英語を書いて来たこの人、毎日天井を見て青い顔しているのでは
ないか。それでは人生はゴミで終わってしまう。
健康な人生とは楽しいのだ。スイスイものが処理され、
人に信頼され、収入は増えて行く。




 

真の英語力とは

 投稿者:ハワイアン  投稿日:2018年 3月25日(日)22時15分50秒
  斎藤さんの「英語」に対する考え方は皮相的で偏っていますね。

中学生までほとんどをハワイで過ごし英語がペラペラだった早見優は
日本のアメリカンスクールに通った後、上智大学外国語学部に入学した。

その頃、周囲から「優はいいよね。英語は勉強しなくてもいいんだから」
と言われたそうだが、それについて早見優は
「私は話したり聞いたりするのは困らなくても、書いたり読んだりするのは
得意ではないので英語の成績はあまりよくなかったんです」と言っていた。

ラジオの「百万人の英語」の講師までしていた早見優がそんなことを言って
いたのを聞いて、英語の難しさ・奥深さを垣間見た気がしたものだ。
 

他の掲示板

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月24日(土)06時13分21秒
  あまり神経症者が元気がないので、今日はインターネット上の神経症関連の掲示板を
検索した。何と無為療法の掲示板が一番上に来て、次に森田療法の掲示板、
生活発見会の掲示板が2番、3番であった。

残念ながら森田療法の掲示板は会員制であり、一見客には見せないし、
意見も受け付けない。同様に生活発見会も閉ざされた掲示板であった。

森田療法は100年の歴史があり、完治根治を目指す療法なのに
外部からの批判を受け付けないとは情けない。
これは完治根治が嘘であったと言うに等しい。

外部に完全にオープンであり、管理人がどんどん発言しているのは
無為療法だけであった。如何に神経症を治すのが難しいか
これから分かるでしょう。
 

饒舌

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月22日(木)15時51分56秒
  神経症者の特徴は饒舌であること。今第二掲示板を開始したが、旧名ー海さんの言葉の
多さにはうんざりするでしょう。
社会では言葉ではなくて、何をしてくれるかを人は見ている。
お父さんお母さんに子供が期待するのは、3度の食事と学校に行かせて
くれることだ。会社が社員に期待するのは、決められた業務を処理してくれることで、
無駄話ではない。

斎藤が意見を言う場合と、神経症者が意見を言う場合の最大の違いは
斎藤は雑用の合間を縫って意見を言っているのに対して、神経症者は
雑用が停止している状態で意見を言ってくる。

ああ、こんな役立たないヤツが何を言うかと言いたくなる。
 

花が綺麗な季節

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月22日(木)14時05分59秒
  あまり饒舌にならないほうがいい。
物事を処理するのが生活することだからである。
世の中の人間は、哲学だ宗教だと詳しくない。
はっきり言って忙しいのだ。
処理することに忙しく、難しいことに
詳しくない。
 

教育の弊害の最たるもの

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月22日(木)09時37分33秒
  それは英語教育です。ご覧の通り日本人は全滅ではないですか。ヨーロッパの人は誰でも2,3か国語
話せる。必ずしも学校で習ったのではなくて、各自が己の努力で成し遂げている。もちろん、そこには環境の
圧力があり、ヨーロッパでは何処に住んでいても違った言語に日常接しているのが大きい。
小さい時からこの環境で過ごすと、脳が複数言語を扱えるように発達する。
その人達が英語に接すると上達は早く、大抵の日本人はかなわない。

彼らと話していて、TOEICだとかの英語の標準テストの話をする人を見たことがない。試験なんか
受ける前に英語は相当上達している。

日本人は誰でもTOEICをいう。これ大学と言えば東大と言う表現に似てないか。
あまりにも短絡していて、ものの本質が分かってない。
英語を話すようになるとテストを言わなくなるのだ。
何故ならば英語を話すと毎時毎分がテストになる。恥ずかしくない英語を話すには
毎日の努力が必要で、その中にはニュース全般を英語で読むのも含まれるし、書くこともある。

即ち生活が英語で回転し始めるのだ。この生活をしている人間が、TOEICの試験を受けて
、ハイお終いの人間より英語の能力が低いなんて考えるほうがおかしい。
ヨーロッパ人はテストより、自分の目の前で必要な会話を英語でパパっとやる様子で相手の英語力を判断する。

そんなのダメだ。TOEICが全てだと言い張るの日本人を見て、こんな人達と英語の話はよした
と斎藤は席を立つ。
 

教育の弊害

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月20日(火)09時23分30秒
  下の文章はミャンマー情勢を語る新聞記事で見かけた文章ですが、記者は自分で訳したか、グーグル
翻訳で訳してそのまま記事にしている。ここに学校教育の弊害を見るのであるが、掲示板読者は
どう思うでしょうか。

原文
「 非常にまれないくつかの例を除いて、仏僧集団が自分たちで暴力を行使することはない。その代わり、仏僧たちは他の者たち、自警団や民間人、警察や兵士などが行使する暴力を正当化する理由付けをするのだ」

斎藤の翻訳
「仏僧集団が自ら暴力を振るうことは余りないが、暗黙の内に自警団や民間人、警察や兵士に暴力を
やらせている」

日本の英語教育では原文に忠実に訳して〇か×をつけるが、忠実の意味をしっかり捉えていない。
忠実とは言葉面に忠実ではなくて、相手の心に忠実であるべきと言う意味だ。

例えば
Good Morning → 良い朝ではなくて→ お早うございます。これが相手の心に忠実な
例である。当然翻訳は全て原文の心に忠実であるべきだが、自信のない人は言葉面に忠実になり、
読んだ人が、一体これは何を意味しているかと思案してしまう。
 

キューポラのある町を見て

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月18日(日)15時59分11秒
  最近はユーチューブで大昔の映画を直ぐ有料で見られるので、「キューポラのある町」を見て
色々考えさせられた。あの当時も今もある貧困の問題だ。まだ、アルバイトの給料が月
5,000円の時代で、生活水準は見劣りするが、60年前の川口の鋳物工場を見て
思ったのは、給料は低いが日本がこれからどんどん昇って行く希望があったし、実際に
社会は急激に発展した。

しかし今は来る所まで来て、人件費が高い日本から仕事が逃げ出し、先が見えなく
なって来た。実際の所、最近の20年間の日本人の給料はじり貧状態になっている。
今の貧困はちょっと見には見えにくい。60年前の日本では貧乏洗うが如しで
あったが。果たしてあの当時と今の日本では、どちらが幸せであるのか言えない。

古い映画を見て感動したので、これからはどんどん日本の古い映画を見て行きたいと
思っている。
 

雑用が出来ないとは

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月18日(日)05時16分5秒
  これは人間ではないし、動物でもないのです。
以前アフリカに住むラーテルと言う動物のフィルムを見た。この動物一見アライグマ
に似ているが、雑食性で何でも食う。ネズミから蜂の巣、蛇、特に毒蛇を食う。
反撃を受けて毒に当たるが数時間の内に回復するからすごい。

この動物の動きを見ると片時も止まることがなかった。これは雑用の原点であり、
我々人間も基本的には同じはずだ。どの動物にも必ず捕食動物がいるから
先ず捕食動物の攻撃から身を守る事と同時に、餌を食べなければ、飢え死にが待っている。
この2つの目的のために動物はすべからく雑用をする。その動きが停止した時に
死が訪れる。

これを人間の神経症と言われる一群の人達は極端に嫌う。
人間だから生存可能であるが、野生では間もなく飢え死にするか
捕食動物の殺されてしまう。動物には森田もフロイトも関係ない。
 

現実

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月17日(土)14時47分10秒
  現実を直視するなら雑用が
出来ないとは崩壊です。
認めたくなくても
雑用が出来ないのは
病気なのです。
結局雑用出来ることが
健康なのです。
この事実を斎藤先生は厳しく
指摘しています。
 

健康とは単純なこと

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月16日(金)14時08分14秒
  単純だから沢山の任務を処理できるのです。神経症者のようにめんどくさく
考えて、フロイトだ森田だと言っていたらとても仕事は任せられない。
大体顔を見れば分かる。見るからに元気なさそうな顔をして、色気が喪失して
肌の輝きが消えて、所謂売れない顔をしている。

私が最初に神経症者を集めた時の印象は、ああ、やっぱり病人だなあであった。
健康な人の顔には色気があり人を魅了するものがある。
こんな人に何かを頼んだとして、直ぐ引き受けてくれて処理も早いだろう。

普通の人は森田だフロイトだなんてまるきり興味がない。
それより収入であり、健康でしょう。
 

本質

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月15日(木)15時42分18秒
  斎藤先生は本質的なことを
指摘しています。
だから私はその通りだと思うのです。
真実は健康とは雑用のなのです。
それを指摘することは精神病
問題を考える上で極めて重要である。
 

放屁神経症

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月15日(木)11時28分17秒
  5チャンネルの中で結構活発に書き込みがあるのは、この放屁神経症の掲示板です。
自分の体からオナラが匂うと言う神経症で、我々同じ神経症患者も面食らう。
しかしこれは古典的神経症で、ここに神経症を解くカギがある。

彼らに取ってはオナラは実際匂うのです。どんなに周りが匂わないと説得しても
意味がない。彼らの脳にはそのシグナルが存在するからです。
これと対人恐怖、異性恐怖の恐怖が同じだ。私もその凄まじい恐怖、苦しみで
貴重な人生の30年を失ってしまった。
しかし今の私には綺麗さっぱりなくなって、一体あの恐怖は何だったのかと
疑問が残る。

我々の脳は思っている以上に故障し易い。書痙と言うのがあるし、
雑談恐怖症なんてものがある。彼らには現実の恐怖として迫って来る。
だから取ろうと努力を開始すると一生が無駄に終わる。
何故なら脳の故障から出ているシグナルであるからだ。

やはり人生のある日に、自分は狂いの中にあると自覚して、
治す努力の完全停止をしないとならない。時には生死以上の決断だ。
幻の恐怖に対する戦いは消耗し、追い込まれ、全て無駄なのです。
 

アドバイス有難う

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月15日(木)11時15分55秒
  誰かが第二掲示板のデザインが見難いと言ってくれた。私はスマホを持ってないものだから、
気が付かなくて有難う。管理画面を見たら、朝顔の画像が背景に選択されていた。
 

これが第二掲示板です。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月14日(水)17時14分16秒
  これが第二掲示板です。
http://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs
 

第二掲示板を開設しました。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月14日(水)17時13分16秒
  この第二掲示板では削除は原則的にしませんから、自由に書き込んで下さい。
但し、同文を10回書き込むようなあらし行為、特定の人のプライバシーを暴露するもの、
暗に脅迫を匂わす書き込みは削除します。
それ以外は原則自由です。書き込みは直ぐ表示されます。
 

森田療法の眼目

 投稿者:H.N  投稿日:2018年 3月13日(火)07時30分5秒
  今日の言葉


?生死を賭けた治療行為の停止

神経症は、治療と言う強迫行為を死ぬまで止める事が出来ない精神病です。


という出だしで始まっています。森田療法でも同じです。症状の除去という目的で斎藤氏でも誰でも、森田療法に取り組むなら、症状は猶更ひどくなると思います。

こう言った取り組み方をした人が斎藤氏です。治るどころか治る事はなかったようです。

この言い方は神経症を治すつもりで『雑用をする』と治らないと同じ意味です。

ただ単に(見返りを求めることなく)雑用をすると、治っていると同じ意味です。

森田療法は治らない事を納得させる事を眼目にしています、それが不問の意味です。治るとか治らないとかを言う事が無くなった時に治っている事を納得をさせる事が森田療法の眼目です。

雑用療法と同じです。只やる事が治る事につながっています。
 

強迫行為を続ける掲示板

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月12日(月)15時09分27秒
  この掲示板は強迫行為を禁じる掲示板であるが、他の掲示板は強迫行為を
認め、それを支持する掲示板になっている。HNの掲示板がそうであり、2チャンネル
の森田療法のスレがそうである。大体森田療法そのものが、強迫行為を権威付け
して、患者に強迫行為を追求させる療法であった。

一休さんは何故失敗したか。それは彼の心に強迫行為を停止する気持ちが
最初からなかったし、その後も一度もなかったからだ。雑用と言う強迫行為に沈潜して
行き、最後は玉砕してしまった。
 

強迫行為

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月12日(月)12時58分29秒
  ここのホームページは強迫行為を
治す場である。
斎藤先生の方針を我々は再度
確認しなければならない。
 

最近悪文を削除しています。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月11日(日)20時24分45秒
  神経症者の文章は余りに見苦しい。
万引きにも理由があると述べながら、とうとうと擁護の文章を書いているのと同じだ。
我々健康な人間、正常な人間はそんな文章は1行とても読めない。
ここは狂いを治す場所であって、狂いを擁護する場所ではないのを
再度確認する。
 

実に明快

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月11日(日)20時16分2秒
  なるほど。治った人間の文章とは
実に明快ではないか。
斎藤先生の文章を読むと、
まさに生きることが動き
であることが分かります。
厳しい現実ですが、強迫
行為をしている人生は
病的世界である。
 

生死を賭けた治療行為の停止

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月11日(日)16時27分22秒
  神経症は治療と言う強迫行為を死ぬまで止める事が出来ない精神病です。
この強迫行為を続ける限り神経症の地獄からは脱出出来ない。
しかしあまりにも強迫行為の停止が難しいから多くの人はここから去っていく。
去った所で、地獄を続けるのは分かり切っている分けです。

斎藤は48歳の年に、一晩で治療強迫行為を停止した。
以後この通りであり、対人恐怖、異性恐怖はきれいさっぱり
消えてなくなってしまった。

多くの人は雑用を神経症を治す手段にしているのではないか。
雑用を神経症を治す手段にするとは、治療行為の継続を意味している。
治療行為を継続しながら、神経症が治る事はあり得ない。

だからまず最初に治療行為の完全停止を実現しなければならない。
恐らく死ぬより恐ろしい決断だと思うがこれをしない限り神経症は続く。
 

翻訳完成

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月10日(土)15時08分26秒
  孤独の薦め BBC フューチャーから
http://mui-therapy.org/newfinding/good-loner.html

どうも孤独はいけないの主張を最近はうるさく感じるが、今回BBCが
いや、むしろ孤独は良い、孤独を薦めると記事を書いてくれたのでほっとしている。

確かに病的な孤独は良くないが、不必要に孤独を排斥するのも
良くない。最近は老人の孤独が問題になっている。老人になると孤独になる人
が多いが、それは一種の老化の問題でもある。孤独になるとは冥途に行く準備段階
に入った事であり、特別に悪いことでもないと思う。

80になり90になって社交的でキラキラしているのは、話としては良く出来ているが
老化現象はそんな読んで面白いものではない。迫る機能の低下、
ボケの問題、病気がちになる事等、人間の終楽章は大変で、孤独もその一つである。
 

単純なことに言いがかりをつける

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月10日(土)12時55分4秒
  生きると言うのは単純なことの処理の連続だ。それに健康な人間は幸せを感じる。
それに言いがかりをつけて、不愉快さを人に押し付ける人間に生きる
価値があるであろうか。

健康な人間はおおらかであり、人に不愉快さを感じさせない。
私は洗濯をやって外に乾すのに新鮮さを感じている。
3月の未だ冬の残る寒さの中で公園を1時間散歩して大変爽やかだ。

ここは森田のインチキホームページではない。毎日やった事の日記をつけて
提出しろなんて言ったことがない。そうじゃなくて、青い顔して、
食いつきそうな顔をして何が株かね。
神経症で人生崩壊しようとしているではないか。

世の中で成功する人は、単純な事に素直な喜びを現わす。
不愉快な書き込みをする人間に近づきたい、一緒に仕事をしたいと
思うだろうか。健康な人と一緒に仕事をしたいね。
 

エビデンスとインバウンド

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月 9日(金)10時29分2秒
  このカタカナ英語が頻繁に日本人の会話から出てきて、その度に私の体がひるむ。
インバウンドなんて、一体誰が最初に使ったのか。誰がそれをまねたのか。お相伴にのり、それでは
俺もと使う日本人の心は一体なんなのか。

インバウンドはそれほど難しい言葉でもないが、英語の会話に出て来る頻度は少ない。
僅かにアメリカのニュースを聞いていた時に、都心に向かう車に対してインバウンドを使った
ように記憶している。

エビデンスなんてどんな目的でこの言葉を使うのか。証拠で十分であろう。
エビデンスと言えば証拠より、中身が濃いと言うことか。
今日の内科医が書いたブログでは、エビデンスがあちこちに見られて辟易した。
この内科医も英語は喋れないのだろう。

日常的に英語を話していると、英語を使うときにその使い方が
相手に伝わるかを気にする。あるいは自然な英語であるかを確認する。
その癖が日常的についていると、カタカナ英語を最初から使いたくない。
そんな気持ちの悪いものを使わなくても、毎日1時間半英語を話しているから、
必要でもないし興味もない。

カタカナ英語を使う日本人それを真似する日本人を見ると、英語の劣等感の
現れではないかと思う。
 

孤独

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月 7日(水)15時57分42秒
  なるほど。
斎藤先生が英語で成功したのも
孤独力があったからではないか。
成功する人間は孤独なところが
ありますからねー
 

孤独の薦め

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月 7日(水)15時04分5秒
  毎度BBCからですが、今日の記事は孤独の薦めであった。毎回孤独は良くない、健康に良くない、
寿命も縮まるの記事ばかりでうんざりしていたわけですが、今回はその逆の記事なので
面白いと思い翻訳を開始しました。

私は元来の対人恐怖で異性恐怖であるから、当然集まりに行きたくない分けです。
でも対人恐怖も異性恐怖も過去の事になり、そんな事より、一人でいるほうが翻訳でも
金儲けでも、神経を集中できる。
だから毎回孤独はいけないの合唱を聞いていると、勝手にさせろと内心思っていた分けです。

そこへ今回の孤独になる良さの特集記事を読んで、新鮮に感じる。
世の中の天才、企業のトップ、芸術家達が立派な仕事をする時は、皆孤独の時間を
過ごすと思う。自分一人きりの世界に籠って、神経を集中することにより仕事を達成する。
この人達の中には普段は人に会うのを避けている人もいると思う。私も必要がなければ
人に会うのが面倒に感じる人間だ。

その私が一人でいる苦痛、不便、不健康を味わったことがない。
もちろん孤独で危険な人もいるが、孤独を大いに味わっている人もいる。
どの生活スタイルが良いと切り捨てるのは、真実に盲目になる。
 

株の話

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月 7日(水)05時53分10秒
  青い顔した人間が意見を言ったところで、そんなものどれ程の価値があるだろうか。
精神病院の院長先生が入院している患者と株の話をするだろうか。
株の話をしたければ、社会に行けば腐るほど物知りがいる。

入院患者に必要なのは、一日も早い狂いからの脱出であって
株の話ではない。患者が何をしたか、今何をしているか、この後何をするか
が重要なのである。

以前、朝食の用意をしている時に、生卵と温泉卵をうっかり間違えて
温泉卵を流がしてしまったことがあった。雑用と動作の説明をしていた
のだが、ここに狂った神経症者が書き込んだ。
私の雑用の姿が気にくわないらしい。

健康な人間は、温泉卵だろうが生卵だろうがあまりそんな事は興味ない。
それより朝の一時間は会社で出る直前の勝負の時間だ。
トイレに行き食事を済ませて準備をする。
子供を学校に送り出してと火が出る程忙しい。

そんな時に、雑用だ動きだの論争に加わる神経症の狂いの酷さ
に私は唖然としたが、神経症者にはそれが当然と見える。
そんな事では、今日も青い顔して天井を見るだろうし、
一生無駄な人生が確定してしまう。
 

何処かに行ってくれ。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月 6日(火)18時49分8秒
  雑用を書かない神経症者は何処かに行ってくれ。
もうそんな狂っている人間と向き合って20年も経ち、うんざりだ。
 

神経症者の書き込み

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月 6日(火)17時10分33秒
  少し前に株を書いたら、株の書き込みをした神経症者がいた。
株を話したいなら神経症を治してからにしてくれと言いたい。
彼らの人生を崩壊させてしまうのは神経症であって、株はそのずっと先の話である。

なら、斎藤は何故株の話をするか。斎藤は神経症が治っているから、
もう神経症を話してもしようがないからだ。

それより雑用ですよ。幾らだも書く事があると思うが雑用を書き込んだ
神経症者には会った事がない。一日中青い顔して天井を見ている
ことだろう。
 

普通のこと

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月 6日(火)16時28分53秒
  雑用なんてなんでもいいんですよ。
斎藤先生は当たり前のことを
言ってるにすぎないのです。
普通のこと。
無為療法は療法じゃないんです。
動くって当たり前なんです。
健康とは動くこと。
それに疑問を持つのがおかしいのです。
 

家に帰ってもやる事がないから会社にいる

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月 2日(金)15時58分7秒
  ダラダラと残業をしている人の多くは、家に帰ってもやる事がないから会社にいると最近の調査は
言っている。会社の責任ではなくて、本人が作った問題であった。

私が現役の時はその反対で、会社はきっかり5時までで、急いで家に帰り自分のやりたい
ことをしたかった。その一つはコンピューターであり、英語であり、神経症ホームページの開始であった。
開始は1996年で、あの当時私は既に50歳になっていた、私の年齢では殆ど誰も開始
しなかった。しかし私はあるアメリカ人の助力を得て、神経症ホームページを開始した。

トラック運転手をしていて肉体的には大変きつかったが、朝3時には起き、パソコン
を弄り回して英語も訓練をした。あの当時のパソコンはまだ実験段階であり、ウィンドウズ
3なんて酷いもので使い物にならなかったし、95もフリーズが10分置きにあった。
回線の早さは今の速さの1000分の1で、これだけで皆さんはあの当時の苦労が想像できるでしょう。

私は強制されても会社の残業は出来ない人間であるが、今考えるとこの資質がその後の
人生を劇的に改善した。多くのトラック運転手は死ぬほどつらい残業をして、多少給料が
良いが、早く老け込んで会社を辞めた時は何も開始出来なかったでしょう。

我々の脳はマルチタスクを処理できる。トラック運転手でも英語がペラペラになるし、
全く関係ない仕事をしている人が新しい何かを開始して、大儲けすることがある。
今後は特に日本の針路がはっきりしない。周りの国の追い上げが激しく、従来の
慣行、従来の知識だけでは、どんどん落伍していくだけだ。
会社自身もどの方向に行って良いか分かってない。良いアイデアは貴方の脳の中にあるのです。

だから、30年一日、50年一日の如く、森田を崇めて、鈴木知準を語り、水谷啓二を
云々していると、間もなく老人ホームだ。
 

翻訳完成

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 2月28日(水)15時38分23秒
  完璧主義と題して、BBCの記事を翻訳しました。
最近世界の新聞、雑誌はインターネットに押されて元気がありません。
当然の結果として読みたい記事が次第になくなっている。
その逆がBBCで、BBCは英国国民の一人一人から視聴料を取っているので資金は潤沢
です。そのお蔭か、心理の面白い記事を連発している。

完璧主義
http://mui-therapy.org/newfinding/perfectionism.html

もう15年も継続的に英語を翻訳していると、学校的一字一句の和訳は意味がないのに
気が付いた。歴史も文化も言葉も表現も全て違う国の言葉を、一字一句正確に
移し替えるなんて、出来ないし意味がない努力なのです。

英語を翻訳していて思うのは、英語の原文の繰り返しの多さです。ああ、
又出て来たとうんざりする。日本は特にこの繰り返し文を嫌うと思う。
言わば俳句の文化であり、出来るだけ短い文章に含みを持たせて、深い意味
を持たせるのが日本の文化ではないか。

だから私の翻訳は超訳と言っても良く、原文を書いた人は怒りだすかも知れないが、
皮肉な事にこれほど原文をぶった切って無駄を削除すると、逆に原文がすっきりと日本人に伝わって来る
のが不思議です。

時々インターネット上に誰かが急いで翻訳した文章が出ていますが、何を言っているのか
分からない。文章の頭と真ん中と終わりが別方向を向いている。
本人は原文に忠実のつもりが、結果は逆になっている。
恐らく原文は翻訳文とはかなりニュアンスも、言っていることも違うのでしょう。
良い文章は分かりやすいのです。
 

完璧主義

 投稿者:likehell  投稿日:2018年 2月26日(月)09時09分54秒
  すべてをつかもうとすればすべてを失う
ということわざに近いですね。
完璧主義だとうまくいかなくなったときに
今までの努力を投げ出してしまうことがあるでしょ。
本当は水田に水を張るように下地が出来てきているのに。
もったいない
 

(無題)

 投稿者:三橋  投稿日:2018年 2月24日(土)20時04分18秒
  トイレを1時間も流したり、スーパーの切り身を1時間もかけて点検精査していたら、とっくに国は滅んでいますからね。  

完璧主義

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 2月24日(土)16時02分8秒
  今完璧主義と題してBBCの記事を翻訳しています。
読んで驚いたのは、完璧主義は格好いいものではなくて、心の病に
結び付いていると言う内容だ。神経症を始めとする心の病の多くは、
完璧主義に陥りやすい。思うように行かないと激しく自分を責めて
落ち込み、それが自傷行為、過食行為、抑うつ状態を引き起こす。
私にもその傾向があるのを認めよう。

だから我々が今完璧主義にちかくなっていると感じた時は、ストップを
かけるべきだ。

私が頻繁に完璧主義の罠に入り込むのは、海外に旅行する時だ。
コンピューターは大丈夫か、忘れ物はないか、現地の飛行機は大丈夫か
と考えまくると気が付いた時には、神経症フラッシュバックの最中なんて
ことがよくあった。フラッシュバックにはいる直前は、典型的完璧主義に
なっていて、全てを100%間違いないようにしようとしている。

そんな事は無理であり、出来るのは100%に近づける努力であって、
決して100%にはならない。ならない物に無理に自分が近づこうとするから
脳の圧力が加わり、気が付いたら神経症フラッシュバックに入っている。

やはり、自分に優しく、いたわる気持ちが必要である。それと我々
神経症者は生物学的に神経症、完璧主義になりやすいから、
そこを十分気を付ける生活を心がけるべきなのである。
 

これぐらいです

 投稿者:taronimo  投稿日:2018年 2月23日(金)13時53分5秒
  幽霊は肩甲骨や肩こり、筋肉の緊張から来ます。
jessica-blogが見えなかった。般若は見ません。
それでは、また。さよならー。グッドラック!
 

神経症者の不愉快な文

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 2月23日(金)13時28分25秒
  雑用をやるは生きる上の基本であり、呼吸するのと変わりない。それに一々難癖をつける
神経症者の文章は不愉快極まりない。
生きると言うのは単純作業の連続なのである。その単純作業に文句を言う。
そんな人間が、どうして会社に来て仕事が出来るであろうか。仕事とは単純作業の
延長ではないか。

雑用の単純動作の文句を言うようでは今後どうやって生きて行くのか。
我々健康な人間は、どんな動作にも幸せを感じる。
例えば、私は今風呂場が寒い。ここを使う前にどう温めようか考えている。
電気ヒーターを持ち込んで10分程温める。シャワーを湯舟の外に一定量
かける。これは部屋を水蒸気で満たすため。
その前にエアコンをフルにしておいて、温風をシャワールームにまで送り込み。

こうして風呂に入ると全然寒くない。
こんな事を書くとまたこれに難癖をつける。鈴木知準がどうだ、森田原本が
どうだと偉そうな事を言うが、この人達精神病院に入院すべき
人達ではないか。
 

はいわかりました

 投稿者:taronimo  投稿日:2018年 2月23日(金)12時29分21秒
  いつもこのサイトに来た時だけ、雑用します。
動きに動いたんですけどね。
家庭にいるんで、雑用重視じゃなく、何もしない重視。
洗っておいた方が、気持ちいいですね。
 

何故、精神病の患者は動けないのか。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 2月22日(木)06時33分32秒
  彼らの意識が猛威を振るっているからです。私の神経症時代を思い出しても、恐怖、不安、
鬱は激しかった。人に会うときの恐怖、将来を思いやる時の不安、何をしてもダメだ、何も出来ない
の鬱状態が猛威を振るっていて、常時風速30m以上の突風が吹いている状態だ。

意識がこの状態では、人間は立ち止まってすくんでしまう。
健康な人では意識は背景に後退していて、何も妨害しない。
妨害する所か、時々出てきて我々を正しい方向に導いてくれる。
無意識と意識が共同作業していて大変能率が良い。

こんな時に人間はじっとしているだろうか。ウキウキして、体が軽くなる。
気になる事、やりたい事が山のように見えてくる。
考えてもしようがないから、気がついたものからどんどん処理していく。

健康な人は頼もしい。こんなお母さんがいるから
子供は安心して育つし、こんなお父さんがいるから、教育を受けられ
将来が楽しいのです。

所がここに時々書き込む神経症者の言葉は、
対人恐怖の患者は人を疑う傾向があるとか、鈴木知準が正しいとか。
聞くだけで気分がムカムカしてくる。

幾らでもやる事があるではないか。今日もその辺で青い顔して天井を
仰いでいる姿を見ると、とてもこんな連中と一緒に生活するのは嫌だねと思う。


 

統合失調症

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 2月21日(水)18時46分12秒
  神経症と統合失調症の関係に
ついて私はよく分かりませんが、
精神病とは動きが停止している
という斎藤先生の主張は
事実でしょう。
心理分析や精神分析など
無縁の世界で生きることが
健康ということなのですから。
 

精神病の患者で ある事を忘れている。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 2月21日(水)05時20分58秒
  神経症者、森田療法を頻繁に読んでいる人は何時の間にか、自分が精神病の患者で
ある事を忘れている。

「なすべきをなせ、は正しいね」 ←これは大変問題な発言なのです。

健康世界は、誰もやるべきをやるなんて言っていない。
もし健康な人が日常そのような自己対話を繰り返していたら、日本は崩壊するし、世界が持たない。
健康世界では、何も言葉がないし、楽しい世界なのです。

神経症とは、自己対話をしている人達であり、言わば統合失調症の患者が
幻聴と対話するのに似ている。
本来、薬があったなら直ちに病院に行くべきであるが、残念ながらない。
だから野放しになり、森田療法に集うことになる。
この辺を押さえておかないと、人生は無駄に終わってしまう。
 

神経症の治りと禅の悟り

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 2月18日(日)17時17分24秒
  最近神経症の治りと禅の悟りが近いと私はしばしば感じる。
鈴木大拙の禅仏教入門を読んでいて、最初の頃分からなかった事が今分かる。この本は
禅の膨大な情報のあちこちから取り上げて説明するが、その表現が古めかしいから
解釈も容易でない。

禅と神経症の治りが共通しているのは、そこに意思による解釈がない所だろう。一瞬にして
通り過ぎるものをつかもうとする。一瞬ではあるが、全てを解決してしまうパワーが
禅にはある。掴もうとすると逃げ、追わないと既に自分の手の上にある。
神経症の治癒と共通するものは、動きではないか。禅の偈(げ)を読んでいると、禅匠にも坊主にも動きが感じられる。
 

投資方法で質問を受ける事が多い

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 2月18日(日)07時18分23秒
  最近友人から投資方法で質問を受ける事が多い。しかし、私の返事にあまり興味
を示さないで、別方向に行く人が多いので驚く。
彼らは株式長期投資より、FXトレード、為替に興味を示す。あるいは金を言う。

FXトレードは為替の変化に金を賭ける。もちろんニュージーランドドル等では、
金利が3%弱だからギャンブルではない。しかし重心を為替の変化に置く場合は、
ギャンブル性が高い。何故なら為替の変化は誰も読むことが出来ないし、
その過程では富を生み出さないからです。

金の延べ棒もヒンヤリした金属棒に過ぎないから、金利を生まない。
株式投資は違う。投資家が出すお金は、企業により企業の成長のために
使われ、より多くの雇用を創出する。投資はあらゆる生産活動を活発にするために
使われて、富を生み出す。その富の一部が配当になり、無償株譲渡になり、株価の上昇に
なって投資者に還元される分けです。

私は短期投資には興味がなく、常に5年から10年の長期でグラフを見ている。
その限りにおいて株で損をすることは絶対にない。
証券会社に行って何買ったらいいでしょうと聞いて、泥棒ファンドを買い、
退職金の半分を盗まれる人の気持ちが分からない。
 

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