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統合失調症患者からのEメール

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月27日(木)17時08分1秒
  私は何度か統合失調症の人からEメールをもらっています。
その印象は妙に明るいことです。明らかに神経症者からのそれとは
違う。しかし文章を読むと、意味不明でかなり乱れている。
その意味での文章の乱れは神経症者にはない。

神経症者の最大の問題は暗いこと。これは人格が暗いのではなくて、
強迫観念により暗くなっているのです。私は今この暗さが消滅している。
強迫観念がなければ暗くなる理由がないからです。
 

(無題)

 投稿者:あゆ  投稿日:2016年10月27日(木)15時04分3秒
  家族に統合失調症の患者がいますが、
気づいたことがあります。

顔が恐ろしいことです。
言葉がきついことです。

病んでいる顔をしていることです。

しかし、統合失調症の患者は
声が明るいので、そこは神経症とは違う感じがします。

しかし、同じ病人同士であり、どっこいということです。

 

斉藤さんよ

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月27日(木)02時29分7秒
  斉藤さんよ   投稿者:でへまる


『 HNさんなんか、健康を気取って書いているが、その実
毎日地獄だと思う。それはHNさんばかりでなく、あそこの掲示板に
書いている人全員だ。』

全然、地獄じゃないんですけど。この先が楽しみで仕方ない。
管理人さんも地獄ではないと思いますが、どうですか?

『それに比べて雑用の会のメンバーの生きの良いこと。
やる事がじゃんじゃん見えるから朝から忙しい。私は既に洗濯を
済ました。10年のパスポートが満期になったので、近く更新に行く。』

洗濯とかパスポート更新とか、そんなのいちいち書き込みますかね。
みんな普通にやってることで、人に言うようなことじゃない。


でへまる 様へ   投稿者:管理人


でへまる様、神経症時代の地獄には入る事がなくなりました。ところが神経症を脱したとところで、人生には地獄のような生き方とか考え方があります。

この場合での地獄とは、死地に活路を求めるといった生き方もあるといった意味です。この場合では、抜け出せないスランプを抜け出す場合とか、ピンチをチャンスに変えるといった場合の事ですが、当然抜け出すまでは地獄のような生き方をしている状態と思います。

ところがが当の本人は、必死に解決策を練って、実行しているところですので、うんうんと唸っていますが、地獄とは思っていないと思います。悩んでいるように見えたとしても、考えているのだと思います。

そうして考えが、時期を待って解決策が出てくるのだと思います。つまりピンチとなっていた事柄がチャンスに早変わりする事になると思います。

斉藤氏の云う地獄は、『心の矛盾』によるところの、自己の心の中の内部抗争を言っているのだと思います。斉藤氏の場合では『心の分裂による内部抗争』を地獄と表現しています。



この意味は神経症が治った姿を正確に把握し切れていない事を意味します。言い換えるなら神経症の治りを把握出来ていない事、従ってゆり戻しによるフラッシュバックに入る事を意味しています。その結果『神経症には完治や根治は無い』と断言までしている事を見逃す事が出来ません。



神経症を内側から解決出来た場合では、この心の矛盾は解消していますので、斉藤氏の言うような地獄には、もう入る事がなくなっていますので、彼の一言で『彼は神経症の内幕は分かっていない事』を自ら告白している事を意味します。

従って『自分の存在理由』と言った哲学的な意味での大安心を得ていない事を意味します。この事が彼をして、ブーメランとなって薄っぺらな神経症談義に、全てが見えているような気が致します。


表面上の神経症の治りを語らせたなら、彼は良い先生かもしれませんが、人生の奥深さとか、人間の命そのものの尊さを語らせた場合では、そのうすうっぺらな人生観が滲みでいています。

この事は彼の苦しみが、彼の行動のように表面的な事の表れなのかも知れません。

真に彼の苦しみが、人間的なものを抱えていたなら、人に対しての差別的な表現を超えて無差別的な愛の表現に変ると思います。

人間でも動物でも植物でも、命あるものは全て一回限りの命を、いとしみながら、神経症になったとしても一生懸命に生きている事を、斉藤氏は忘れているような気が致します。

こう云った意味で彼の事を再投資と書いて、侮辱をしてまでも奮起を促しているつもりですが、暖簾に腕押し状態は続いています。
 

でへまる 様へ

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月27日(木)02時15分45秒
  でへまる様、神経症時代の地獄には入る事がなくなりました。ところが神経症を脱したとところで、人生には地獄のような生き方とか考え方があります。

この場合での地獄とは、死地に活路を求めるといった生き方もあるといった意味です。この場合では、抜け出せないスランプを抜け出す場合とか、ピンチをチャンスに変えるといった場合の事ですが、当然抜け出すまでは地獄のような生き方をしている状態と思います。

ところがが当の本人は、必死に解決策を練って、実行しているところですので、うんうんと唸っていますが、地獄とは思っていないと思います。悩んでいるように見えたとしても、考えているのだと思います。

そうして考えが、時期を待って解決策が出てくるのだと思います。つまりピンチとなっていた事柄がチャンスに早変わりする事になると思います。

斉藤氏の云う地獄は、『心の矛盾』によるところの、自己の心の中の内部抗争を言っているのだと思います。斉藤氏の場合では『心の分裂による内部抗争』を地獄と表現しています。

神経症を内側から解決出来た場合では、この心の矛盾は解消していますので、斉藤氏の言うような地獄には、もう入る事がなくなっていますので、彼の一言で『彼は神経症の内幕は分かっていない事』を自ら告白している事を意味します。

従って『自分の存在理由』と言った哲学的な意味での大安心を得ていない事を意味します。この事が彼をして、ブーメランになって薄っぺらな神経症談義に、全てが見えているような気が致します。

表面上の神経症の治りを語らせたなら、彼は良い先生かもしれませんが、人生の奥深さとか、人間の命そのものの尊さを語らせた場合では、そのうすうっぺらな人生観が滲みでいています。

この事は彼の苦しみが、彼の行動のように表面的な事の表れなのかも知れません。

真に彼の苦しみが、人間的なものを抱えていたなら、人に対しての差別的な表現を超えて無差別的な愛の表現に変ると思います。

人間でも動物でも植物でも、命あるものは全て一回限りの命を、いとしみながら、神経症になったとしても一生懸命に生きている事を、斉藤氏は忘れているような気が致します。

こう云った意味で彼の事を再投資と書いて、侮辱をしてまでも奮起を促しているつもりですが、暖簾に腕押し状態は続いています。
 

一皮めくればその下地獄

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月26日(水)11時14分43秒
  HNさんなんか、健康を気取って書いているが、その実
毎日地獄だと思う。それはHNさんばかりでなく、あそこの掲示板に
書いている人全員だ。

昔クルトさんの名前で書き込んだ人がいたが、この人もアル中で
苦しんでいるように見えた。そういう”あん”さんも毎日地獄でしょう。
大体ここで、格好を付けて書いている人の殆どが、毎日息も
絶え絶えだ。格好をつけるその仕草に、笑ってしまうのだ。

それに比べて雑用の会のメンバーの生きの良いこと。
やる事がじゃんじゃん見えるから朝から忙しい。私は既に洗濯を
済ました。10年のパスポートが満期になったので、近く更新に行く。

所で最近ネイティブスピーカーとそうでない人の違いのもう一つに
気がついた。
フィリピン人は英語が上手いが、日本に来て3年も経つと彼等は
英語が下手くそになる。日本語が上達して英語が下手になるそれが
ネイティブでない証拠だ。アメリカ人が日本に来て、5年後に英語が
ヘタになるなんて見たことがない。
日本人がフィリピンに20年住んだとしても、日本語はビタイチ下手くそ
にならない。
 

斎藤ちゃん聞いて~

 投稿者:あん  投稿日:2016年10月25日(火)21時08分12秒
  H.N人生解決ちゃんもさ~ご自身の都合のね悪いことはね~投函ささなくなったよ~

アルコール依存ぎみの管理人ちゃんが勘にさわったみたい~

管理人ちゃん自身で言ってたのにね~

アルコール依存ぎみで本当に治ったのかな?
これが森田療法

斎藤ちゃんもあんを投函ささないのか?包容力をだ~
 

確かに統合失調症は悲惨

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月24日(月)18時59分43秒
  重度の統合失調症はそれは大変だ。言語を絶する。しかし、
私の友人で統合失調症で入院して元気に退院した人が2人
少なくてもいる。

私が言いたいのは統合失調症でなくて、神経症だ。
彼等の生活も悲惨です。私は実際追い詰められて、廃人同様であった。
何処かの掲示板では今日も森田療法を論議している。
この人たちは、大体生活が行き詰っている。
行き詰っているというのは、動けなくなっているということなのです。

私が動けと言うと、それは療法かという。おいおい、誰か療法をやっている
かね。生きるということは動くことなのだ。動くことが療法になってしまったら
生きられないではないか。
これを悲惨と言わずして何になる。
 

(無題)

 投稿者:ミスターエックス  投稿日:2016年10月24日(月)15時57分5秒
  統合失調症全く、悲惨。別人と言うより、狐に包まれいる方が近い。自分がおかしいなんて思っていない。療法に励むなんて論外。雑用なんて、考えていなそうだ。  

神経症者の感じ

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月23日(日)19時01分16秒
  最近私はリタイアーして長く、対人恐怖の人と会う
機会がなくなってしまったから、彼等の印象は遠くなってしまった。

今、掲示板の世界だけで彼等を判断すると、文章がメチャメチャで、
日本語になってないこと。たまに書き込む一見まともな書き込みは
文章に牙が隠されていること。要するに正常でないのだな。

20年も前に神経症者に面接した時の印象は、青い顔をして
元気がない、覇気がない、元気がないの印象でした。

これに比べて健康な人は、元気である事、顔に魅力があること、
感じが良いこと、文章がはつらつとしていて読むのが楽しいこと
です。
だって毎日なにも苦しいものがないのだから当然ですよ。
頭の中は空っぽでも、物事がスイスイ前進する。
間違いも少ないし、人に会うのが楽しいしで、人に感じが
悪いはずがない。
 

斎藤 様へ

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月21日(金)19時20分3秒
  精神病と神経症は違うと思います、精神病の場合では自分が正しいと思って頑なに信じているようです。世界中で神経症が治ったのはただ、自分だけとか(笑い)

神経症の場合では『精神病になるかも知れないとか、気が狂うかも知れない。』と言った風に心配するようです。

或は自分は狂っているのかも知れないから、早く正常になりたいとかを望んでにっちもさっちも行かなくなっている状態だと思います。

世界中で神経症が治ったのは自分だけで、森田先生も鈴木先生も狂いの中にいながら治療を始めた、と筋違いの事を固く信じている場合では、神経症ではないのかも知れません。

インターネットの世の中にいますので、『神経症が治った人の情報など、ごろごろと出ています。』

そう云った世の中の情報にふたをして『自分だけが神経症が治った、ノーベル賞ものだ!』と本当に固く信じているなら、病院に行く事をお勧めしたい心境です。
 

(無題)

 投稿者:ミスターエックス  投稿日:2016年10月21日(金)18時26分12秒
  統合失調症は妄想の連続です。神経科の医者はうつ病として、診断するんです。うつは金儲けには、持って来いでありアルコール依存はノック瓶しか、予防薬が無いから、これまたうつ病です。うつ病診断は金の成る木です。  

むらじさんが良いことを言っている。

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月21日(金)16時44分52秒
  むらじさんは私の掲示板に来て要らぬ統合失調症談義する
から締め出していたのですが、下の意見は納得できる。
神経症=精神病の人が健康な人と何処が違うか。
それは自分を頑なに正しいと信じていることです。
精神病とは生涯自分は正しいと信じて狂いを認めない人たちです。

それに対して健康な人は自分の考えに捉われない。そんなに自分が
正しいと力む必要がないからです。
会社から残業で帰って来たら直ぐシャワーを浴びて食事をして、
子供の世話をしてと、雑用の山が待っている。とても
自分が正しいと論議している暇がない。

我々健康な人は思うのですが、こんな掲示板で何が正しいかとか
、宇佐先生が正しいなんて論議していないで、どんどん処理してくれと言いたい。
今日も青い顔して天井眺めていて、よく生活が持つものだね。

 

右脳と左脳

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月21日(金)01時56分40秒
  『あれから25年が経ち、セロトニン論文は最近すっかり消えてしまったし、右脳左脳を論議するレポートはほとんど皆無である。それよりも脳の基本的構造、機能が殆ど分かっていないと科学者が認め始めた。

アメリカ国立精神衛生研究所でも以前は、神経症について詳しく説明していたが、最近は分からないと素っ気ない。なのに、神経症者が集まる神経症窟に行くと、今でも右脳左脳を議論している。この人たち最近の科学の動きを一体読んでいるのであろうか。』


と貴方は今日の言葉の中で書いています。処が貴方は以前頭蓋骨を何時も自分の机の前に置いているダライラマの事を、仏教は脳科学だと言って感嘆して書いていた事を忘れているようです。

右脳と左脳の研究成果はもう何十年も経っていますが、振り向く人が少数なだけだと思います。又仏教は釈迦が生きた時代から2,500年も経過していますが、未だに古くなってはいないようです。

貴方は新しい脳科学研究の翻訳しているようですが、新しい発見は何一つ見つかってはいないようです、そんな脳科学の研究の翻訳をして、『世界中で自分ほど脳科学の最新の成果を見届けている人間はいない』と豪語していますが、何も見つける事が出来ない、脳科学の研究成果を翻訳をして、得意がっている貴方が主催しているホームページが『神経症を治すホームページ』です。

と云う事はダライラマより遅れていて、更に2,500年も前のお釈迦よりも貴方は遅れている事になるようです。

右脳と左脳の研究成果を子細に見るなら、人間の苦しみとか神経症の原因とかは、自分自身の心の葛藤とか自分自身の心の中の争いとか、自分自身の脳内の矛盾とか対立とか分裂が原因ではないのですか?が私が貴方に云いたい事の全てです。

つまり人間の苦しみとは『心の矛盾や対立や分裂』が原因ではないのでしょうか?これが釈迦が提起した問題点だと思います。

処が英語を翻訳出来ると言っている貴方が、2,500年も前の釈迦の言っている事は古くて、最近の科学の勉強をの方が最新で、こう云った勉強をしていない(英語さえ出来ない人は馬鹿で古臭くて信用出来ない)として、本当の科学の成果を評価さえ出来ないでいると、私は見ています。

右脳と左脳の研究でノーベル賞まで貰った研究成果です。ウエキペデアからです。


”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。

人間の脳内には二つの人格が存在しています、釈迦の云うには自我と仏性です。こんな話を貴方にしても無駄だと思いますので話は此処までです。
 

あんさんちょっと違うよ

 投稿者:dreamer  投稿日:2016年10月20日(木)23時05分49秒
  あんさんあまり得意にならない方がいいよ。
わざわざ恥をかこうとするのはアホだよ。
そうじゃなくて、
恥をかくことより、恥をかくことを想像することがよくないの。
 

宇佐ぴょん療法

 投稿者:あん  投稿日:2016年10月19日(水)22時44分51秒
  恥をかいて、泥をかぶって前に前に
進むのが、宇佐ぴょん療法だよ~。


良いかっこして、泥をかぶるのを嫌がり
考え込んでるのか神経症だよ~

斎藤ちゃんは良いかっこしてるから
まだまだ神経症のなかだよ~
 

鏡であるもう一人の自分に出会うとき

 投稿者:  投稿日:2016年10月19日(水)20時31分44秒
  自分ひとりでは、これ以上の答えが出せないくらいに自分の頭で考え追求しつくし、答えを出しつくし、自分が全てで、自分を誰よりも愛し、自分を精一杯に生き尽くした時に縁がある。
その時に、自分の無意識下で眠っていた闇が解放されたりする。
自分は自分の全てを受け入れるから、無意識に心を許し、闇が解放される。
自分の本当の弱さというものは、自分にとっての愛(自分)を目の前にしてはじめて解放される。
最終的に、自分一人だけで全てを解明する事は無理だったと知り、今までの自分の答えには変更の余地があったと知り、他人をはじめて心から尊重する事が出来るようになり、人は一人で生きているわけではないという本当の意味を知れば、人を比較してバカにする事も終わる。
もう一人の自分とは、自分がはじめて真に尊重出来る唯一の相手であり、今までの自分を変化させざるを得なくなる。
自分は、自分にとっての愛の前では、今まで大事に抱えてきた固定観念やエゴを手放す事が可能であり、今まで大事にしてきたものが無意味に感じられたり、自分以外の万事がつまらないと感じて無気力感におそわれたりする過程もあるかもしれない。
一旦、全てに意味を失い、新たに意味付けをしていかなければ進めない。

自分のエゴ(苦しみ)に苦しむ事が出来る事は、受け入れれば、悪いものということにはなりません。
だから、神経症なら神経症の今の自分をそのまま個性として受け入れる事になり、人との勝ち負けもなくなるので、苦しみを無理に排除しようと生き急ぐ事もなくなる。
何事も、排除しようとすればするほど排除できなくなる。

自分の人生を他人のせいにしている限りは、この世のカラクリは理解できない。
他人を生き甲斐にしている限りは、理解できない。
自分が正しく相手が間違っていると思う心は、自分の人生を他人のせいにする心があるからです。
他人が正しくあれば自分はこうなる事はなかったと思う責任転嫁の心が、人を比較してバカにする心になる。

自分の内だけを見つめ続ける事が出来るという事は、自分が自分の外にいれば、それだけを見つめ続ける事が出来るという事。
自分の外に自分がいないから、自分は内を見てしまう。

とにかく、わたしは誰とも議論しないし、対立しない。
 

無意識、潜在意識

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月19日(水)20時03分37秒
  説明しようと思ったが止めた。神経症は理解から
入ろうとすると必ず失敗するからだ。
私は神経症のからくりが分かったから治ったのではなくて、
からくりを知ろうとする努力を止めたから治ったのである。
治れば今まで分からなかったことが全て解けた。
鈴木知準は大嘘をやっていた。
雑用の会のメンバーの中には誰も質問した人がいない。
 

右脳と左脳

 投稿者:  投稿日:2016年10月19日(水)16時46分47秒
  右脳と左脳を語っている人たちの言うことにはちょっと納得出来ませんが、イメージとしては、右脳と左脳を一つにして生きるような状態が、無意識の意識化。
自分の無意識に自我意識が重なると無意識が意識化する。
無意識と自我意識、右脳と左脳がズレて、どちらかを優位にして生きると、焦点が合わずに注意力が欠けたりする。
どちらかが優位になると、自分と他人を比較してバカにするようにもなる。

斎藤さんは相変わらずですね。
バカにする相手は相手にせず、自分と合う人たちと仲良くやってください。
人をバカにすればするほど、心には傷があるのだなというふうに見えます。
斎藤さんが定義する健康な人同士でも、話が伝わらない事だってあります。
神経症者同士でも同じ。みんなそれぞれに個性があります。

世の中をよく見てください。

HNさんも同じですが、神経症者をバカにしなくなれば、神経症者からバカにされる事もなくなります。
言葉でバカにしていなくても、人は、人の在り方で繋がっています。
ですから、人間関係の問題、縁には、自分の在り方が反映されている。
相手を批判するのは自分を批判するのと同じ。現状を変えたければ、自分を見直す必要がある。

神経症者に、自分は正しいと言わせたくなければ、自分が、自分は正しいと言わなければいい。
HNさんが自分は正しいと主張するほど、斎藤さんも自分の方が正しいと主張する事になる。

うわべではなく、心底から自分が変われば相手も変わる。
目の前に現れる現実が変化する。縁も変化する。
全てが自分次第。不思議ですが本当にそうなってます。
 

亀さんへ

 投稿者:dreamer  投稿日:2016年10月19日(水)15時24分44秒
  亀さん
申し訳ないが何を言っているのか分からない。
 

↓は病人のうわ言

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月19日(水)15時21分23秒
  ここは神経症と言う精神病患者が集う所だから、定期的にうわ言
書き込みがある。神経症者同志なら読めるが、健康な人には
とても読めない。精神科医と言う仕事は大変な職業ですね。
 

無意識の意識化

 投稿者:亀(かめ)  投稿日:2016年10月19日(水)15時13分35秒
  >>>私は無意識と聞くと工場で指を落とすような集中力を欠いた状態を想像してしまうんですよ。

このような無意識は、無意識の意識化が出来ていない無意識です。
人の無意識には、癒されていない心の傷なども反映されており、このような無意識はなかなか意識化されない。
癒されていない心があると、無意識ではあるが、自分にばかり意識が向いているため、注意力が欠けてしまう事が起こったりする。
しかし、無意識が意識化されていても、人にはそれぞれの信念というものがあるので、無意識の現れかたも人によって違う。
心を眠らせていれば、心の傷を持ったまま、自分を洗脳したまま、無意識を意識化する事も可能になる。
だから、集中力(無我夢中、無意識)に生きれば良いというわけではない。
心の傷が癒えない限りは、自分の無意識は、人と対立する事をやめられない。
人の無意識自体が癒されて変化しない限りはこうなる。
自分が自分と対立するのも、自分が他人と対立するのも同じこと。
人の無意識は、どのような無意識であっても、その人自身の反映です。
意識した行動であっても、存在する全ては無意識とも言える。
だから全てには既に完璧性がある。存在否定出来るものはない。
自分と合うか合わないか。
 

言葉の定義を訊きたい

 投稿者:dreamer  投稿日:2016年10月19日(水)13時34分26秒
  ここでは意識と無意識という言葉を使ってますが、
潜在意識と無意識は同一と捉えていいのでしょうか?
それとも潜在意識はまた別なものなのでしょうか?
私は無意識と聞くと工場で指を落とすような集中力を欠いた状態を想像してしまうんですよ。
言葉は怖いもので誤解されると伝えたいことが伝わらなくなってしまう。
雑用という言葉も誤解している人が大勢いるはず。
とにかく動けという言葉は明快ですが。
 

カタカナ英語に背筋が凍る

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月19日(水)11時22分58秒
  最近ニュースを読んでいて良くお目にかかるカタカナ英語
は”アスリート”である。オリンピック関係で最近多い。
どうして彼等は日本語の中にいきなりアスリートを突っ込むかが、
本題である。

極、普通に誰でも思いつく言葉は”選手”であろう。簡単であり、
国民に馴染んだ言葉があるのに、わざわざアスリートと
言い換える必要がどこにあるのであろうか。
アスリートとはAthleteであり、2番目の発音は日本人には難しい
th音である。しかも発声する時には最初のAの部分に強勢を
置かないとならないが、カタカナ英語ではスと発音して、
ストレスはリーの部分に移動している。

英語を毎日訓練している私から見ると、ああ、この人英語が
全然だめだなと感じるのです。
本人は英語の力を示すために使っているようだが、全くその反対になる。
こんな連中は直ぐTOEICが何点と必ず言い始めるだろう。
TOEIC何点とは自分は間もなく英語の訓練を止めます
と予防線なのです。忙しいから、上達に時間がかかるからと
言いながら、格好を付けつつ退場して行く。
 

(無題)

 投稿者:ミスターエックス  投稿日:2016年10月18日(火)11時19分18秒
  神経症、うつと統合失調症の違いが分かる方、症状を教えて下さい。  

同情は人を犠牲者扱いする

 投稿者:かめ  投稿日:2016年10月17日(月)09時39分57秒
  同情は、人の背景に向き合い、その人自身に向き合おうとはしない。
だから人を批判する事になる。
人から傷つけられたからといって、自分も人を傷つけてもいいわけではない。
やり返しの精神は同情から発生する。これでは同じことの繰り返しが続く。
背景に何があろうとも違うものは違う。
神経症者は社会の迷惑と言うが、人をバカにしたり争う事こそ、人の行く手を阻み、迷惑です。

同情では根本的な解決は起こらない。
 

文章が虚ろ

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月17日(月)08時40分32秒
  下の下にある書き込みを読んで感じるのは文章が虚ろであることでしょう。
意味不明であり、言葉を並べているだけ。タイトルはないし、ハンドルネーム
にも意思を感じない。
神経症とは重大な精神疾患なのです。ほとんど100%の人がそのまま一生を
終えてしまう。重大な損失であり、何とかしたいが、今の所薬はない。
無為療法が指導しているが、彼等は自分が正しいと主張して、
健康世界に入る気配も示さない。
 

(無題)

 投稿者:かめ  投稿日:2016年10月16日(日)21時24分55秒
  知準の犠牲者などと鈴木知準を批判しているようですが、人を犠牲者扱いするのは相手に失礼ではないか。
自分は目の前の相手の背景に向き合うのではなく、目の前の相手の今の状態という結果に向き合う事が大事です。
目の前の相手にだけ意識を集中する。
背景に何があろうとも、違うものは違う。

同情では根本的な解決は起こらない。
 

英語の学習

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月15日(土)08時45分18秒
  大人になってからの英語学習は困難を伴います。試験を3回受けて
卒業なんてものでなく、大人の固い頭蓋骨に穴空けて、違った音を浸透させる
作業であり、固まった舌、唇、口の動きをもう一度ほぐして新しい音を
発声させる作業なのです。

一週間に一度1時間程度では10年やっても変化は訪れない。毎日1時間やり、
最低5年続ける必要があります。
これを13歳で中学に入った年にやっていれば1年もあれば結構上達するものを、
それを逃して22歳を過ぎてからやるものだから、一生やっても出来るかどうかの
難しさにしてしまった。

私はこれを跳ね返すのに英会話喫茶で25年、スカイプオンラインで6年を費やして
ようやく果たした。特にスカイプが威力を発揮して、毎日現在2時間半やっていますから、これだけやるとさすがどんなに固い頭も柔らかくなります。
だから、TOEIC何点を聞くと寒気がします。この人たち英語何もやってないでは
ないか。何もしないのに上達なんて悪いジョークだ。
 

(無題)

 投稿者:ミスター エックス  投稿日:2016年10月14日(金)17時55分53秒
  抗うつ剤を長期、服用すると脳末期症状のパーキンソン病になるリスクが高まります。パーキンソンは生命体に関わる怖い病気です。  

(無題)

 投稿者:あゆ  投稿日:2016年10月14日(金)16時22分51秒
  学校英語で苦しむ必要はない。

今すぐ映画のセリフとか、洋楽とか、

覚えましょう!!

学校英語は、頭の外に追いやりましょう。
みなさん自覚はあまりないと思いますが、

アレは想像する以上に、
私たちを実際の英語から遠ざけています。
 

ヨッシーさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月11日(火)15時28分18秒
  私の日課はラジオ体操です。現在6時半から城北公園で開始する。
ここに体操に通うようになってから3年位経つか。一日も欠かさず通っています。
真冬の寒い朝も行かないと何か一日が始まらない。

ここの公園は東京都が震災の避難地に指定するほどで、長期に渡って
拡幅工事をしていて、未だ広げるらしい。広大な森、原っぱ、
陸上競技場、テニスコート9面、大人野球場2つ、子供野球場2つで
申し分ない。お蔭で山歩きする必要がなくなりました。
こんな公園が近くにあると自分の家に庭などなくても一向に構わない。

神経症が治ると、森田療法がどうだ、宇佐先生がどうだなんてまるきり
考えない。私は英語が何処まで上達するか毎日頑張っている。
 

認める事の重要性

 投稿者:ミスター エックス  投稿日:2016年10月11日(火)14時57分4秒
  まず持って、神経症類の人は己の異常を認めない。これなしには、先には進めないはずです。  

岡北有由さん

 投稿者:mori  投稿日:2016年10月10日(月)18時48分37秒
  歌手でいますが、無為療法に昔居たようです。
ファーストでは治してないけれど、セカンドではなんとか治ったようですね。スレ違いで見たこともあります。
桂浜に行った時です。
甘く歌ってるみたいで凄く厳しい事が僕にはわかります。
もう書き込みはしばらく、僕はしませんが、たまに覗かしてもらいます。退院はしてますから、ご安心を。
それでは、また。
 

眠たいです

 投稿者:mori  投稿日:2016年10月10日(月)15時43分56秒
  特別、先生がGoogleだけでいいとおっしゃってたので、勉強も大人で恥ずかしながらしてますよ。Twitterには少し書いてましたが、止めてます。絵や掛け将棋、麻雀、脳波の仕事中心に考えてますが、博打なんで、まだ、入院中でパニックがあります。少しずつ、散歩などしてから、外の世界に慣れていきたいです。  

斎藤先生の言うとおり

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年10月10日(月)12時46分51秒
  私も山海空さんの文章で、斎藤先生と同じ意見です。

完全に治った とか 意識の変容が自分でわかる とか そんな特別な状態ではないです。

今日は久々に良い天気です。 午前中に掃除、洗濯を終わらせて、空手の練習をやりました。 清々しいですね。

健康というのは幸せですね。
 

難しいです

 投稿者:mori  投稿日:2016年10月10日(月)10時13分7秒
  こんにちは。快適に暮らしてますが、コーヒーが要ります。
このホームページに書き込んで、五年ですけど、結局、超意識には成りません。
 

山海空 様へ-3

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月10日(月)05時47分46秒
  再再書きます。

高所恐怖症や閉所恐怖症や広場恐怖症等が治った場合では、高いところの感覚とか、狭いところの感覚とか、広いところの間隔等が、失われてしまうとと『山海空 様』はお考えなのでしょうか>?


馬鹿じゃ無かろうか?と思います。
 

嘘を見破った

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月 9日(日)20時27分26秒
  ここは本物のホームページであるから嘘を瞬時に見破る。
どうも最初の書き込みの文章が遠まわしですっきりしないなと
思っていた所2回目の書き込みがありバレテしまった。
これ文学的表現であり、自分の体験ではないではないか。

雑用の会のメンバーは”完全”の言葉に引っかかる。
”自分の意識が変容”も不自然。
”それを超えた意識状態が獲得”、これで正体は見えた。
一人の完治根治を夢想している、狂いまくっている神経症者ではないか。
神経症が治っているのは本当に素晴らしい。
インチキをいとも簡単に見破る。

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「その状態では完全には治っていません。
本当に治れば探しても見つからなくなります。自分の意識が変容したことが
自分自身で分かるものです。誰にでもある普通の感覚に戻るのではなく、
それを超えた意識状態が獲得されるのです」
 

再び、H.Nさんへ

 投稿者:山海空  投稿日:2016年10月 9日(日)19時39分56秒
  『心の中をくまなく探すなら存在していますが』と書かれていますが、その状態では完全には治っていません。
本当に治れば探しても見つからなくなります。自分の意識が変容したことが自分自身で分かるものです。
「誰にでもある普通の感覚」に戻るのではなく、それを超えた意識状態が獲得されるのです。
それが鈴木知準氏や水谷啓二氏が晩年に到達した境地でもあったのです。
「森田療法では症状は最後まで残る」と教えられている人が多いので、「そんなことはありませんよ」と言う為に
書き込みをさせて頂きました。それでは、失礼いたします。
 

結局、思考を止めてなんぼ

 投稿者:dreamer  投稿日:2016年10月 9日(日)10時04分53秒
  考えてるうちはだめでしょう。
なにか違うことに没頭してみたらどうですか。
どうせ治らないのだと諦めて。
 

山海空 様へ-2

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月 9日(日)09時37分34秒
  症状らしきものは存在すると言う意味をもう一度詳細に書いてみます、高所恐怖症ですが治った場合では、高い処が怖くなる事はありません、怖いことは怖いのですが、その怖いと言った感覚を、『殊更意識上に上げて問題にする事がなくなる事を意味します。』

高い処が怖いと言った感覚は残りますが、恐怖症が治ったという事実があります。

誰にでも存在する普通の感覚レベルになる事が治ったと言う意味になると思います。
 

山海空 様へ

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月 9日(日)09時32分34秒
  症状は、無くしたいと言った願望が働いて、症状ではないものが『意識上に上がって』強くなってしまった状態だと思います。

そういった何でもないただの”感覚”を異常なものにしてしまって、意識上に上げた段階が症状になっていると思います。

ですので治った段階では、同じような感覚は『心の中をくまなく探すなら存在していますが』問題にしない(相手にしない)態度が出来ますので、意識上に上げて問題にする事がなくなっています。

この段階で症状は消滅しています。誰にでもある普通の感覚になっているという意味になります。

 

HNさんは狂いの最中

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月 9日(日)05時54分20秒
  神経症が治った人は彼の文を読まない。だってあまりにもくだらないからだ。
受け入れる受け入れないとか、出来るようになったならないと、グズグズ言って
要領を得ない。

大体そんな人間が傍にいたらうっとおしいでしょう。
健康世界では今直ぐやる事が山ほどあり、どんどん処理してもらいたい。
HNの掲示板では朝から晩まで宇佐先生だ、森田療法と言っている。
これは精神病の患者のたまり場ではないか。
 

H.Nさんへ

 投稿者:山海空  投稿日:2016年10月 9日(日)02時37分29秒
  H.Nさんは、
「神経症は治ってみれば、治らない事=症状が消滅する事など無い事が分ります。治ったという意味は『症状があったままで、症状をそっくり受け容れる事』が完治した姿だと分ります。」
と書かれていますが、それはやはり本当には治っていない状態だと言えます。
なんとか普通に勉強したり働いたりできるようになれば「治った」と考えてよいでしょうが、それはまだ途中の段階であって、
本当に症状が消滅する状態というのは存在しています。私は神経症になってから約30年後にそうなりました。
 

斎藤 様へ

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月 8日(土)11時14分28秒
  治癒率を問うほど、愚かな事はないと思います。神経症の治りの本質が分る時、そう云った事には意味が無い事が分ります。

一休さんを例にするなら、一休さんが神経症を治したいと考えてているようですが、一休さんにとってその訴えを取り下げた時が一休さんの治りになると思います。

斉藤さんにとっても同じです、48歳になった或る時突然そう云った訴えを取り下げています。それが治りです。

神経症を治そうとする訴えを、訴え無くなった時が治りに相当しますので、世界中を見渡すなら、神経症が治った人は貴方だけではなくて、編んで干すほどいると思います。

貴方だけが治ったとする主張と、神経症は精神病と主張する事は、斉藤さんにとっては『井の中の蛙状態』と言えるのかもしれません。

貴方にとっての英語力が、貴方にとってのそう云った”狭い世界観”を世界中に拡散をして、世界中から馬鹿にされる日もそう遠く無いかも知れません、いやもうとっくに知れ渡っているかも知れません。

英語が出来たところで、何を翻訳するのかとか、何を発信するのかが大事であって、英語が出来る事は大した事ではあるにしても、その中身が『軽はずみな思想』だとするなら、そういった軽はずみな思想が拡散して『世界の斉藤(軽はずみの思想家)』になっているなら、貴方のバかさ加減が、世界中に拡散されるだけと思います。

鈴木大拙博士のように、誰が見たとしても、貴方の言う事がもっともな真理を突いていると思わせるような内容をかく事を期待しています。

貴方の発信する記事の内容が『狭い了見だけ』なのか、或は鈴木大拙博士のように誰の目にも真理を語る様になれるのかは、ひとえに貴方の考え方に因る処が大です。

貴方が書く記事が、『軽はずみで、底が浅く、独りよがり』になら無い事を期待しています。

神経症の真理を、貴方の得意な英語で書く事が出来る事を願っています。

願わくば『世界の神経症の真理を語る』斉藤氏であって欲しいと願っています。

もう一言書き添えるなら、雑用は、目的を遂げるための方便に過ぎない事を了解して頂きたいと感じています。雑用だけを強く主張する時、貴方は雑用と言った『軽はずみで、底が浅く、独りよがり』な考え方に陥る事が無い事も祈っています。
 

治癒率を問う

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月 8日(土)07時14分12秒
  神経症とは、もの凄く難しい精神病なのだ。今まで誰も治っていない病気であるのは、
己の経験からも分かるであろう。私は30年間神経症をやって、もうだめだと48歳の時に観念した。
なのに、治癒率が高ければ試すなんて腰抜けでは、一生神経症で終わるのは自明である。
一体何のためにこの世に生れて来たのか。

実際、私が48歳の時、むろん治癒率なんて聞く相手もいなかった。治るも治らないも、
人生30年無駄にしたのだから、これ以上治療を探しても無駄と結論した。
だから宇佐先生に質問だなんて、頭の片隅にもなかった。

所が、日本の神経症者の100%が、今日も宇佐先生を慕い、治癒率を聞いてを続けている。
そんな無駄をとっくに気がつきそうなものだが、これが気がつかない。これを精神病と言う。
 

斎藤 様へ

 投稿者:H.N  投稿日:2016年10月 7日(金)07時25分31秒
  斎藤様、神経症は治ってみれば、治らない事=症状が消滅する事など無い事が分ります。治ったという意味は『症状があったままで、症状をそっくり受け容れる事』が完治した姿だと分ります。

貴方のような物言いだと、未だフラッシュバックに襲われる事が有るかもしれません、その理由は、症状の受容が神経症の治癒だと言う事を未だに知っていない様だと思えるからです。

治癒率を問う無意味 と云う事は確かですので、貴方は治っていないと、雑用によって判断している貴方は、どうなっているの?と何時も思って貴方のホームページを見ています。

症状が有るとか無いとかを問題にしている事が、神経症の定義だと思いますが、”神経症を治すホームページ”を主催している斉藤様に置いて神経症の定義そのものをそっちのけにして、神経症=精神病 と言っていると世間に笑われますよとだけ忠告をして置きたいと思います。

自分だけは特別な存在として君臨していたい貴方にとっては、こう云った忠告を聞く耳など持っていない事は、承知して書いています。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2016年10月 7日(金)02時57分31秒
  解釈も人それぞれで、誤解を招く言い方かもしれないけれど、究極、自分には自分しか必要ない。
だから、わたしは自分から誰かを必要としたりはしないし、誰かから必要とされても、自分にとって重たいものは、迷わず手放していく。
自分の中のカテゴリをなくしていく。
200パーセントあった感謝を100に戻していく。
そして、真のプライドがあれば、自分の今を、自分含めて誰かのせいにする事もなくなる。
だから人をバカにする事もなくなる。


ではお元気で。
 

斎藤様

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2016年10月 5日(水)22時18分16秒
  斎藤様は間違ってますH.N様を見習われた方がいいですよ右脳左脳を勉強して見ては如何でしょうか?

人生問題の解決は大変有意義です。

失礼します。
 

チョン・ソンジンを聞く

 投稿者:斎藤  投稿日:2016年10月 5日(水)09時14分50秒
  昨日クラシカジャパンでショパンコンクール優勝のチョン・ソンジン
とワルシャワ交響楽団によるショパンのピアノ協奏曲1番と
ショパンの英雄ポロネーズを聞いた。
先ず録画、録音の質が飛びぬけて良いこと、最高級のピアノと
完璧な調律、そしてソンジンの完璧な演奏、伴奏するワルシャワオーケストラ
の良い音質で、うっとりしてしまった。英雄ポロネーズも理想的演奏で
文句をつけるところがなかった。

これに比べて中国のランランの演奏でモーツアルトのソナタ8番を聞いた
時は、彼の変な思い入れがモーツアルトの強直な面を壊し、不愉快に
なりユーチューブでバレンボイムの演奏を聞いてやっとすっきりした。
ランランはやたらとフェイントを効かす。モーツアルトの天才の響きを聞きたい
と思っている時にランランのフェイントを聞かされてはたまらない。

私が言いたいのは、神経症が治ると神経症者との争いには全く
興味がなくなるということだ。朝から晩まで宇佐先生がどうの、森田療法が
どうのなんて言っている人間どもの世界には入って行きたくない。
 

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