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何故掃除洗濯だけではいけないか

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 4日(金)07時06分44秒
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  最近、掃除洗濯だけの雑用を斎藤は拒否しています。
雑用とは動きであって、それは自由な心が指令するあらゆる動きですから、
掃除、洗濯ばかりに拘るのは不自然なのです。

神経症の治療とリンクしていない動きが、無為療法が目指す
最終着地点です。
この動作に入ると急に体は軽くなり、心も軽くなって一日が早くなる。
もし掃除洗濯だけであったら、30分もするともうやる事が
なくなる。その次に何をやるか考えだしたら、そこから神経症ではないか。

真の雑用には何をやるがない。動きが全て雑用であり、
時間制限もないから、朝起きてから寝るまでの間、全て雑用を
している分けで、大変気持ちが良い。

自分が真に神経症から抜け出しているかの判定は、
① 時間が経つのが早い。
② 不安がなく楽しい。
③ 次に何をやるかは考えてない。
④ 人が何を言おうと頓着しない。
   第二掲示板の意見は完全無視だ。自分が楽しい一日を
   過ごしているなら、人の意見はどうでも良いではないか。
⑤ 自分は健康世界にいるの確信が、体の芯から伝わって来る。
 
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