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◆◆◆ モーツァルトの「疾風怒濤」 ◆◆◆

 投稿者:るみか先生より  投稿日:2022年 5月 3日(火)08時05分7秒
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  モーツァルトの音楽には、高級で上品な情趣がいろいろあるのだが、以前にも書いたように、
その真価がわかるのは、ある程度自然や人情の機微が理解できるようになってからのことが多いようで、
若いうちは、退屈でただ通り一遍の美しさに思えてしまいがちな傾向がありそうだ。

例えば、交響曲第40番とか「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など、誰でも何度も耳にしたことがある
メロディーに違いなく、もしこの2曲を知らない人がいても、じっさいに聞かせると
「これなら知ってる」とみな頷くものの、ともに耳タコで陳腐に映ったり、ありきたりな印象になりがちだ。
刺激が氾濫する現代、モーツァルトの音楽は、上品すぎ、サラリと耳あたりがよすぎて、薄く聞こえてしまい、
またベートーヴェンやマーラーみたいに、向うから訴えかけてきたり、感情が前に出た音楽でもないので、
こちらから聞きに行かないと、ただ何でもない音楽のように思え、目の前を通り過ぎてしまう。

その点、この交響曲第25番などは、スピード感やスリリングさなど、現代的な鮮やかな要素があるようで、
そのせいか、昔映画でも使われたようで、その時は大きな話題にもなったらしい。
作曲者が17歳の作であることから、曲調と相まって「疾風怒濤」と形容されることもある。

◎上から順に、第1~第4楽章
https://www.youtube.com/watch?v=CpFW5C8BvkU
https://www.youtube.com/watch?v=5Gq0-tkz-7o
https://www.youtube.com/watch?v=T0-DBBFT2Lg
https://www.youtube.com/watch?v=CGxnANqulPo&t=184s

しかしこうやって聞くと、この曲、第1楽章の、いきなり人目を引くメロディーと疾走感に感心し、
あとは第2楽章の、モーツァルトならではの世にも幼気(いたいけ)で純真無垢な魂の調べに心打たれる位で、
後半の楽章は、さして魅力的な旋律も出てこないし、あまり印象に残らないのではないだろうか?
少なくともちょっと前までは、他ならぬ私も、そのような先入観をこの曲に長らく持っていた。

これが第3楽章の「トリオ」と呼ばれる中間部(ここでは1分40秒から、木管楽器だけで奏される部分)の、
鄙びた田舎の観光地の、人影もまばらな昼下がりの通りを歩くような味わいに熱心に耳を澄ますようになって、
さらには終楽章の、途中「展開部」と呼ばれる部分(クラシック音楽を普段聞かない人には退屈で煩雑な所、
とりわけ、ここでは2分50秒以降~その後40秒ぐらいの間にある、訳がわからない箇所)の得体の知れない
迫力に妙味を見出し、ここのメロディーがクセになるようになると、もはやこの曲の通だといえるだろう(笑)

なお、昔は終楽章は総じて5分位しかかからなかったようだが、ここでは7分以上かかっている。
これは「テンポの速い遅い」ではなく、実は昔は省略されていた「反復を実行」しているからである。

クラシック音楽の代表的な基本構成(「ソナタ形式」と呼ばれる)は「呈示部」「展開部」「再現部」の
3つで成り立っているが、最近はピリオド楽器という、昔の楽器による演奏の影響もあって、
この楽章の場合、上記「呈示部」「展開部」「再現部」のあとにもう1度、
「展開部」「再現部」をくっつけて繰り返すのが主流で、それでその分、概ね演奏時間が長くなる。

余談ながら、よい音楽や優れた演奏の場合、同じ所が繰り返されて時間が長くなっても、
かえって嬉しかったりもするが、つまらない音楽や退屈な演奏だと、反復が多いと
「また繰り返しかよ、いい加減さっさとそのあたりで終わりにしろ」と内心思うのも事実だ(笑)

ちなみに終楽章、反復を行なわなければ、演奏時間がこれだけ短くなる。
https://www.youtube.com/watch?v=p8xvYNwowK0
 
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