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翻訳完成

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 5月14日(火)20時57分45秒
  ブロッコリーの芽と統合失調症
http://mui-therapy.org/newfinding/schizophrenia-broccoli.html
ジョーンホプキンス大学の発表によると、統合失調症の患者に見られる脳内の化学物質の
バランスの乱れは、グルタミン酸に関連があると言う。この乱れを元に戻すのに、
ブロッコリーの芽から抽出した物質が有効かも知れないと発表している。
 

(無題)

 投稿者:三橋  投稿日:2019年 5月12日(日)11時25分0秒
  神経症がすすむにあたって、勉強も頭に入らなくなってきた気がします。
こころここにあらずというか。
 

準備をしないこと

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 5月11日(土)08時17分15秒
  神経症とは準備病なのです。
私が対人恐怖を発症した16歳の時を思い出しても、明らかに準備が
最初であった。
あれ、今まで普通に話せていた女性とに急に話せなくなった、どうしよう、将来を
考えたらこれを克服しなければならないと考えて準備練習を開始した
。準備をしていなかったなら、その後の30年の無駄はなかったのです。

ここをちょくちょく覗く人にもそれは言える。掲示板を覗く行為とは準備行為で、
自分の苦境をどう解決するかのヒントを求めてやってくる。
雑用を夢中にする人も神経症を治すための準備として雑用を開始する。

準備なんては誰もしない。誰もしない事をやるからおかしくなるのです。
直ちにその空しい行為を停止できるか。
出来ないと主張すると、人生は無駄に終わる。神経症は重大な精神病で
あり、その影響はあまりにも大きい。
 

(無題)

 投稿者:寿司  投稿日:2019年 5月 6日(月)13時24分27秒
  どうも私が何か言っても仕方ないでしょう。
斎藤先生とあえて呼ぶが、
師匠の言うことに素直に
なったほうがいい。
私は先生のいわば補佐に他ならない。
何故なら神経症を治す人を
出したいからです。

 

何故海外からの報告がだめか

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 5月 6日(月)06時30分28秒
  もう50年も前の話になるが、鈴木に入院していた時に、病院の壁に
退院者の最近の様子を知らせるハガキが貼ってあった。
その中に、「お蔭様で、今ロンドンにいます」なんてハガキがあった。
入院したお蔭で元気になり、ロンドンまで来て旅行を
楽しんでいると言いたいのだろうが、私はその反対を取った。

斎藤は未だ神経症の最中でその後20年間の地獄が待っていたが、
それでもハガキを見て直ぐ感じたのは、この人全然神経症が良くなって
ないであった。
神経症が良くなるとは意識の抜本的改善であり、分裂した意識が
一つに統一される事である。これは死から蘇るに近い奇跡
なのに、それをロンドンに例えるようでは、全くダメなのです。

生き返る喜びは自分の家で十分であり、コンビニのアルバイトで
十分お釣りがくる現象なのに、そのはるか下の現象である、ロンドンへの
旅行で表現した。

同じくソウルだ、バンコクだを頻繁に書いた投稿も削除した。
以前、斎藤に対して無為療法のお蔭で結婚が出来たの報告
があったがこれもダメな例だ。
東大合格報告もダメだし、会社で売り上げナンバーワンもダメだ。
神経症治りの見当違いも甚だしいのだ。
同じ理由で、掲示板での人生相談にも大変不快を感じる。
 

本物の掲示板であること

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 5月 5日(日)17時50分24秒
  本物の掲示板では人生相談をしない。そんなもの、とても気持ち悪くて
出来ない。しかし、それだと神経症者は書き込みをしなくなる。
書き込みをしなくなると斎藤への入力がなくなるから、ホームページの
書き換えインセンティブが消滅して、元気を失う。

あまりうれしくはないが、インセンティブを繋ぐために第二掲示板を
作成した。
今、森田療法が激しく攻撃されているから、今まで存在した
森田療法系の掲示板は殆ど非公開になり、インターネットの
世界で、神経症を扱う掲示板が消滅した事になります。

それではまずいから第二を開始した。
存在価値があると思うが、今の所読んでいて可能性の
ある人が見えない。
如何に精神病を治すのが難しいか、ため息が出る。
 

斎藤さんついて

 投稿者:寿司  投稿日:2019年 5月 5日(日)16時28分42秒
  ここは斎藤さんが管理人であり、
甘ったれたことを
いつまでもするのは神経症の
人のためにならない。
斎藤さんこそが責任者で、
でかい顔する連中はなんなのかね。
 

(無題)

 投稿者:寿司  投稿日:2019年 5月 5日(日)09時40分42秒
  心を病むものは身体を
使わない。
斎藤さんの雑用という言葉は
実に面白い。
 

まちさんへ

 投稿者:寿司  投稿日:2019年 5月 3日(金)21時16分39秒
  まちさん、あなたは
考えすぎだ。
もし私が言うならばあなたは
インターネットから離れた
ほうがいい。
どれだけネットしても救いは
ない。
言えるのはそれだけだ。
 

まちさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 5月 3日(金)10時02分40秒
  まちさんも未だ神経症が治ってないのがこの文面から分かる。
【矢張り悩みもあれば、辛いこともあると思う。】

この文章を読むと、神経症の悩みと健康な人生の悩みを同一に考えている。
神経症の苦しみは狂いであって、一般の悩みとは全く異なる。
本来精神病院で扱うべき悩みなのです。

このこんがらがりを、開けても暮れても繰り返しているのがHNの掲示板で、
あの人達は大切な人生を無駄に終わらせてしまう。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 5月 2日(木)17時27分34秒
  神経症が治れば何もかも旨くいると言う
考えは神経症者の妄想と思う。

矢張り悩みもあれば、辛いこともあると思う。

完璧を求めて、治った世界を夢見る。
これが治らずの神経症者でしょう。
 

何故質問を拒否するか

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 5月 1日(水)14時15分34秒
  私は神経症者からの質問に大体答えない。理由は答えても良い事ないからです。
神経症とは質問病であり、生きている限り質問が止まらない。
神経症脳が興奮すれば興奮するほど質問が多くなり、その頻度が激しくなる。
そうなると強迫観念が増大し、動きが停滞し、鬱状態に
陥る。こんな時に幾ら解答をしても意味ないのは直ぐ分かるだろう。

最大の解答は、質問の強制停止だ。そして患者に強迫観念の急停止を要求する。
こうすると興奮した神経症脳も次第に興奮が冷めて、斎藤に
質問しなくても、自分の脳から回答が聞こえてくるようになる。

やはり神経症は重大は精神病なんですね。
精神病を否定すると、膨大な人生の無駄が待っている。
 

何か別の世界にいる。

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 5月 1日(水)08時12分14秒
  下の二人の書き込みに対して斎藤は興味を示さない。心は別の方向を向いており、
時々冷え込むスッキリしない今年の春の気温、外国人の日本での活躍などを考えている。
先日、近所のショッピングセンターに行って玄米を購入したら、値札は2,300円なにの
支払いを見たら僅か1,900円になっていた。これなんだろうとレジで聞いたら、
今まですっかり日本人と思っていた女性が中国人と分かりぎょっとした。チラシを見ながら説明する
日本語がたどたどしい。いよいよ、日本は若い人を外国から入れないと持たなくなったを
実感した。

最近私の英語は絶好調で、途切れなくバンバン話せる。時々文化の衝突がありますが、
どうどうと日本を主張してやっつけてしまう。特に池袋で起きた老人運転の事故を語った
時に、文化の違いをいやいやと見せつけられた。

彼らに共通するのはやたら強い楽観主義だ。現実を無視した楽観主義と言ったら良いで
あろう。シャーシャーと嘘が分かっていても事実を認めない。日本人はある程度成功を
経験しているから、楽観主義で語ると同時に現実をしっかり見て論議する。

それともう一つ嫌いなのは、彼らは直ぐ政府が悪いと言う。おいおいその悪い政府を作って
いるのはお前等だと、最近大声で反論するようになった。冗談じゃない、他人事のように
言っているが実は自分自身が腐敗しているのではないか。

と言う事で、日本の文化がかなり高いのを、外国人と英語を話しながら毎日
考えている。
 

差別

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 5月 1日(水)04時35分54秒
  差別してる事を手放すって自分には高度すぎる。
理屈では分かっているつもりでも、身体がついていかない。

でも、変に思われたくない、好かれたいと
自意識過剰な事は確か。
 

聴覚過敏に対して

 投稿者:オレンジ  投稿日:2019年 4月30日(火)23時30分45秒
  斎藤先生なら どうなさいますか?
ありとあらゆる音を気にしてしまうようになり
いちいち意識して、更に その延長で
五感全てが神経質状態になってしまいました。
 

病院、薬

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月30日(火)23時00分0秒
  病院はさんざん行き、薬もさんざん飲みました。
よけい悪化しました。神経症者は病院のお得意様になるだけです
 

対人恐怖症は妄想

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月30日(火)21時03分1秒
  自分は知ってる人の前を歩くだけでも
足が固まり、ぎこちなくなる。

何度かあることだけど、勝手に知り合いが見てると
思い込んで、勝手にぎこちなくなっていた。
振り返ったら、全く知らない人だったので
ぎこちなさが消えた。
その逆パターンもある。

このように、対人恐怖は思い込み、妄想だ。
我ながら狂ってると思う。
 

三橋さんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月29日(月)08時36分55秒
  斎藤は宇佐先生の本を読んで一晩で治った。所が、HNの掲示板や5チャンネルを
見ると、宇佐先生に入院した人間が10年後も宇佐先生を連呼する姿が
見える。違いは何処にあるかね。

私は質問を一つも発しなかったし、質問をしたいとも思わなかった。
宇佐先生を連呼する輩は、死ぬまで宇佐先生を呼び続けるであろう。
結局狂いのまま一生を終わるのです。

それが嫌だったら、質問をしないと先ず決心しないとならない。
 

(無題)

 投稿者:三橋  投稿日:2019年 4月28日(日)22時26分43秒
  30分で終わる作業に 半日も考える必要はないということですね。  

シューベルトの即興曲を聞いている

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月28日(日)17時11分4秒
  今、私はシューベルト作曲の4つの即興曲を聞いています。
ピアノはアルフレッド・ブレンデル。少し古いが大変品のある演奏で
感激しています。
今晩は向かいのサイゼリアでビールとスパゲッティを食べよかなと思います。
どうですか、ベストさんとは違うでしょう。
健康な脳は何か別の事を考えている。感激が多いと言う事は
生きているのが楽しいのです。
 

自己啓発本

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月28日(日)16時57分48秒
  笑いとばす余裕など自分にはまだ無い。
自分を騙して無理して笑っても、脳に悪い。
だから自分には合わない。
 

狂い

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月28日(日)11時51分35秒
  自分の考えが狂ってると言われて、何故か悪い気がしない。
むしろ気づかされてくれて有り難いと思ってます。

神経症の人間は自己啓発的な本が好きで
それに覚悟という言葉が度々でてくる。
それに感化されてそう思ってしまったのだろう。

この手の本は、今後いっさい読まないし、買わない。
バカバカしいし、お金がもったいない。
 

今後も無駄を続けると読める

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月27日(土)09時51分10秒
  「治すことを諦める」
「不問」
「あらゆる恐怖を撃退する武器を携行せず、丸腰で家を出る」
「不安撲滅の百科事典はないと理解して、丸腰、素手で前に進んでゆく」
「自力の計らいを捨てる(他力に身を任せる)」
***************************************

全てこうすれば神経症が治るだろうと希望を言っているだけで、無駄を
今まで続けて来たし、今後も続けると宣言しているようなものだ。
神経症の治療とは狂いからの脱出で、命令を実行する脳が狂っているから
話は簡単ではない。

でも斎藤は成功しているが、何処が違っていたのか。
出来ないようでも出来るのが、強迫的思考その意図的停止だ。
強制的に停止していると、オーバーヒートした脳も冷静な思考を取り戻す。
ああ、治そうの努力がダメなのだと気づく。
気づいたら天井を見ているのはおかしい。やる事が目の前に沢山あるから
一つずつ片付けて行く。その過程で↑のような屁理屈、言葉の弄り回し
は一切ない。
 

雪隠詰め

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月26日(金)14時52分46秒
  第一段階
例えば、付き添いがいれば外出できるが、一人では外出できない人の場合は、エイヤーと恐怖突入して、一人で外出して公園まで行って、帰宅します。そして、恐怖突入を繰り返して、次は買い物に行ったりします。
その次は風子さんのように、恐怖突入して必要なセミナーを受けに行きます。

第二段階
例えば、セミナーに参加中、不安症状が出現したとき、今まではどうしようと不安が収まってくれないかと症状を相手にしていたのを、ちょっと待てよ、症状がまた出たな、と自分の症状を客観視して、冷静な自分を作ることです。そして、必要なセミナーを聞きます。この段階では、症状を少しだけ相手にしていて、あまり症状を相手にしていない状態です。

第三段階
セミナー中症状が出たら、このような不安症状は取るに足らないと、症状を蔑視するようになってきます。
この段階までくると、ほぼ症状を相手にしなくなるので全治です。
***************************************************

これは英語を話すのに文法論で迫るのに似ている。どんなに文法の専門家になろうとも、話すようには永久に
ならないでしょう。文法を習えば習うほど、雪隠詰めになり、最後は悶死する。

神経症が治るとは、上のような説明が全然必要ない世界に出る事なのです。
私今神経症が治っているが、方法論なんて考えたことがない。何も考えないが、脳は自由闊達に
作動していて、閃きが起きて来ます。私の脳は狂っていなかったことを本当に感謝している。
昔は異性恐怖で女性を見ただけでも不安になったものですが、今は昔、何だそれの雰囲気です。

そんな事考えているなら、山ほどやる事があるではないか。
今日、AKGのヘッドフォーンを買った。これで聞くと実に自然な音でクラシカジャパンの放送が
聞ける。本物の音とは大げさでなく、さりげなく、嫌味がなく、位置感覚が鮮明で、音に輝き
色気がある。それでいて決して押しつけがましくない。
さすが、音楽の都、ウィーンに本拠を置く音響メイカーです。
 

暴露療法とは

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月25日(木)20時32分34秒
  例えば鼻の頭が見えて気になってしょうがないとしよう。段々不安が高まって
気が狂うのではと心配になる。こんな時に思い切って、一日中鼻の
頭を見る練習をする。すると奇跡的に鼻の頭が気にならなくなる事
もある。しかしこれが何時も成功するとは限らない。

神経症の本質は不安であり、意識の暴走であるから、不安の原因を
挙げたらきりがない。例え鼻の頭の問題が解決しても次が起こる。
大体鼻の頭を一日中見ていても不安が亢進して、半狂乱に
なるかも知れない。だからこんなバカな事をしてはならないのだ。

神経症を治す本質は、治療と言う強迫行為を今この瞬間に
完全停止すること。治療をしていると間違いなく、老人ホームに
言っても改善したと言う。神経症は重大な精神病であるのを
忘れてはならない。
 

(無題)

 投稿者:三橋  投稿日:2019年 4月25日(木)20時07分32秒
  暴露療法って何なんでしょう。  

恐怖突入は大迷惑

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月25日(木)07時55分31秒
  『恐怖突入は大迷惑である。』

↑ これは事実です。恐怖突入なんてキチガイのやること。
恐怖突入をする貴方を他人が見ていてどんな印象を受ける。
狂いそのものではないか。

『神経症は不治の病だと思ってる。それとともに生きて行く覚悟が必要。』

これも狂いだ。そんな事を考えている暇があるなら、朝飯を食べて
直ぐ会社に出かける準備をしなければならない。
私は朝食を済ませて、皿を洗い、10時に会う約束の人がいて、
止まっていられない。

覚悟が必要だなんて、覚悟を考えているその脳が狂っている
ではないか。そのぐるぐる回りを繰り返しながら一生を終わってしまう。
脳と言うものが狂うと、手に負えないものだね。
 

不治の病

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月24日(水)21時30分49秒
  神経症は不治の病だと思ってる。それとともに生きて行く覚悟が必要。
自分の場合は、主に対人恐怖、書けいなど。
恐怖突入なんかせず、逃げまくる。
人前では、力が発揮できないので、ひとりの時に力を発揮する。
その方が10倍、発揮できる。

以前、みんなの前で足の震えが酷すぎて転倒した事がある。
みんなに迷惑かけてしまった。
恐怖突入は大迷惑である。
 

クラッカーさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月24日(水)12時54分59秒
  ここは本物の掲示板だから、治ってない人間に屁理屈を言わせない。
 

臨機応変

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月24日(水)10時59分36秒
  『直人様の場合の臨機応変の処置とは例えばどういったものなのか、
教えて頂けませんか?それを伺って、自分に当てはめてみようとした時点で、
臨機応変ではないのでダメだと思いますが、参考までにお聞きしたいです。』


臨機応変の処置は健康な脳を持っていれば誰でも出来る事なのです。
私が神経症の時は出来なかった。だって脳が強迫観念に張り付けになっている
から無理でしょう。それがなくなった脳は、解き放されて自由自在に動き回る。

臨機応変に振る舞えば神経症が治るではなくて、神経症が治ると
自然に臨機応変になるのです。これも間違えると人生棒に振る。  
 

宝物は専有したら強欲だ

 投稿者:クラッカー  投稿日:2019年 4月23日(火)17時49分55秒
  仏教や神経症治癒の悟りを開くのは難しい
その難関を突破して悟りを開いたら、それは自分の宝物になる
自分の為には日々一瞬一瞬に使っているので良いが
限りある人生、悟りの宝は捨てて逝くのは惜しい
釈迦も法然も親鸞も、人に自分の悟りを説いた
神経症治癒の悟りも患者には大切なもの、欲しい人もいる
役立つなら役立ててほしい。
 

人のため

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月23日(火)17時19分44秒
  人のためはおかしい。人のためより自分のために動いてもらいたい。
自分が出来て始めて人のためだ。
人のための行き過ぎは、自爆攻撃だ。
一部の日本の宗教は、人のためと言いながら勧誘活動
は凄まじい。何事も自分を大事にしてこそ人がある。
 

ひとの為

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月22日(月)22時18分50秒
  あいにく、自分は人の為になんて出来た人間 ではない。
おまけに、ひねくれもので、(人の為に)というのが嫌いな言葉のひとつ。

神経症の趣味は脳に悪いので1日1時間にします。
いや、趣味と言うより神経依存症だな。
 

ベストさんとクラッカーさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月22日(月)09時08分53秒
  ご両人の意見に対してあまりコメントをする気にならない。
何か臭みを感じるのですね。臭みとは、神経症から来ている心の腐敗の匂いだ。
神経症が治ると気持ちは別の方向に向いている。

スリランカでは爆弾の爆発で200人超が死んでいる。
そこで宗教とは何かと最近考えている分けです。宗教とは科学、医学、全般的
生活の困難さがある時に、人の拠り所の役割をしている。
その意味で、聖徳大使の頃、積極的に仏教を取り入れた。政府が出来ない所を
仏教にお願いした分けだ。

それで現在の日本を見るに、宗教にすがる理由が殆ど消失している。
だから宗教が他の宗教を潰す目的で爆弾を仕掛けるなんてやらない。
起きるのは大抵貧しい国、不安定な国、政府が腐敗して機能しない国だ。

それ以外に何を考えているか。
やはり英語ですね。英語は楽しい。識者は日本のマスコミが間違っていて
外国のマスコミが進んでいると言うが私はそう思わない。
毎日、英語の新聞を見ていて、何だ、あまり日本と違わないでは
ないかと思う分けです。
何事も自分で探して読む、これが大事ですね。
 

神経症は趣味

 投稿者:クラッカー  投稿日:2019年 4月22日(月)08時29分23秒
  ベストさんの書き込みは面白い(良い)
治ると言う事は悟りを開いたに相当するのではないかな
不幸の底から幸せになった経験をしたら
人さまにも役立ててもらいたい思いが出る(森田さんもそんな事言ってたな)
だから神経症は好きな趣味となり活動れば良いと思うよ
療法の勉強するより、趣味を楽しむ方が良いと思う
 

(無題)

 投稿者:寿司  投稿日:2019年 4月21日(日)18時49分35秒
  視野を広くするは賛成。
短絡的な発言は何の意味もない。
 

差別が嫌いなこと

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月21日(日)17時17分45秒
  私は差別発言が嫌いだ。日本では特に、韓国人、中国人に対する差別が
見られる。これは日本人特有と言うより、より動物的本能に属するものだと
思う。特に最近は日本人の仕事が奪われているせいか、
韓国人をターゲットにした発言が多い。

私は幸いな事に旅行が好きで、英語をよく話すものだから、ある意味が
自分は地球市民と言う感覚だ。
特に中国に行って西安の地に立った時、日本の方角を向いて、
日本人の中国人に対する発言の小ささを感じた。
この大地が全て自分の物だと考えた時に、中国だ、日本だの
狭い世界に拘るのは悲しい。

かと言って日本を悪く言うのとも違う。視野を広くしろと言いたい。
ロシア、中国、韓国が発言する時に、それはそれなりの理由が
あるのだという事だ。
 

趣味は神経症

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月20日(土)21時00分0秒
  自分は、もう神経症の事を考えないですむと思うと
楽になったと言いながら、ここのホームぺージへきて
神経症の事を考えている。

という事は、神経症の事を考えるのが好きなのかも知れない。
神経症が趣味かも知れない。


 

諦めではない

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月20日(土)18時55分24秒
  諦めの表現では踏み込みが足りない。
強制停止であり、強迫観念の完全否定です。
少しでも妥協すると崩壊する。
 

治療をやめてから

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月18日(木)23時23分39秒
  治療と言っても、自分の場合は、森田、心理学などの本を読んでいたぐらい。
それをピタリとやめた。もう神経症の事を考えなくてすむと思うと
それだけで、楽になった。一種の諦めですね。

治っても治らなくても、どちらでもいいんです。
ちょうど諦めかけてた頃に、このホームぺージが背中を押してくれました。

 

残念ながら

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月17日(水)16時59分19秒
  第二掲示板に少しマシな書き込みがあると期待して少し読むと、
2行目で脱線して、3行目では目を背ける。
如何に精神病を治すのが難しいか思い知らされる。
彼らには殆ど期待できないでしょう。100万人に数人が治れば
上出来で、後は勝手にしろだ。

神経症に関しては治ったものが勝ちで、治りは自分自身が
一番分かる。動けない、苦しい、判断がつかない、動きが遅い、
間違いが頻発する、会社が苦しいで、そんな人生が
治りである訳がない。

神経症が治ると、これら全てが一瞬にして解決する。
人々の笑顔を見て御覧なさい。子供たちが公園に
飛び出て行く姿を見て御覧なさい。
森田療法と無為療法の違いが分かるまで動かない
と言ったら、この子供の人生は暗い。
 

(無題)

 投稿者:三橋  投稿日:2019年 4月16日(火)19時45分18秒
  感受性の低下は鬱であると思う。
刺激を感じられなくなる。動かなくなる。何か行動に制限がかかる感じ。
 

アメさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月16日(火)16時06分34秒
  神経症の人は、神経症の治りとは対人恐怖が治り、書痙が治り、
赤面恐怖が治る夢の境地と考えているのでは。

それは間違いです。神経症は前頭前野皮質が暴走した状態であり、
意識の暴走です。この状態で、幾ら症状の消滅を夢想しても
実現する事はあり得ない。

前頭前野皮質の興奮が止むと、無意識が復活する。
無意識が復活して最初に感じるのは、体が軽いと言う感触です。
何かの動作で、考える必要がないのが大変ありがたい。
この時、人は素朴な幸せを感じる。

決して結婚が出来て、子供が生まれて、大学に入学出来てのような
人生成功物語ではない。
ここを読んでいる人で同じ風に感じる人がいたら、その人は成功している。
 

手際の良い人になりたい。

 投稿者:アメ  投稿日:2019年 4月16日(火)14時53分2秒
  判断が適切で速い。自分も満足するし、周りの人も私を信頼する。
神経症者とはその反対をしているから、自分をダメにして、周りも異様に感じ、仕事を頼まなくなる。

↑これだ!と思いました。
ぐるぐる回りからの脱し方はよくなったし、生活も健康な人とまではいかなくとも、それなりの生活は送れている。でも、スッキリせず重たい感じが残る日も。

手際がいい人って、パッと決断できて身のこなしも軽やか。
私はというと、気分が重たい日はスーパーで今夜のメニューですらすぐに決められない。買い物にも時間がかかる。

話は上手くなれなくても、手際よくこなせて信頼のおける人を目指したいと思います。
 

翻訳完成

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月15日(月)18時54分59秒
  久しぶりにアメリカ国立精神衛生研究所の報告を翻訳しました。
以前は面白い研究報告が多数掲載されていましたが、最近は少なく
なりました。
思った以上に脳の研究は難しいのが分かり、科学者も研究所も
軽はずみの事を言わなくなった感じです。

ケタミンと樹状突起の変化
http://mui-therapy.org/newfinding/ketamine-dendritic_spine.html

鬱状態のマウスでは、前頭前野皮質の神経細胞の樹状突起スパインの数が減少している
のが分かった。そのマウスをケタミンで治療すると数が回復する。
鬱とは、樹状突起スパインの数の減少で引き起こされる
神経細胞同士の対話の停滞ではないかと言う。
 

練習なんて意味ない

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月11日(木)09時45分8秒
  『一般の人のあがり症と神経症のあがり症は明らかに別物。
意味あるのか?練習?』


神経症のあがりと一般のあがりは別物です。対人恐怖を内気と言う人が
いるが、これも間違い。外向的な人も神経症になると超内気になってしまう。
神経症は脳の炎症のようなもので、炎症が治れば元の気質に戻る。

『練習だとしたら、神経症者の練習なんて意味あるの?
健康な人のプレゼンの練習とは訳がちがう。
しかも主催者は、[夢はいつか叶う]なんて眠くなる様な事を言ってる。』


練習は意味ない。やればやるほど墓穴を掘る。夢は永久に叶わない。
神経症を禅で説明する人がいるが、これもお笑いである。
対人恐怖はそんな難しい問題ではなくて、脳の炎症であり炎症が治まれば
けろっと治る。今の斎藤がその通りです。
 

あがり症

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月10日(水)21時09分4秒
  あがり症の人達が集まって、そこで発表して、
みんなで めいいっばいあがる会があるらしい。
この人たちは多分、神経症でしょう。
一般の人のあがり症と神経症のあがり症は明らかに別物。
意味あるのか?練習?
練習だとしたら、神経症者の練習なんて意味あるの?
健康な人のプレゼンの練習とは訳がちがう。
しかも主催者は、[夢はいつか叶う]なんて眠くなる様な事を言ってる。





 

グタグタを書く

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月 8日(月)20時04分3秒
  「具体的な夢や希望がなくとも、生きること、それ自体が願望。それで良い気がしてきました。
決して人生に対する諦めではなく。不安を恐怖を抱えながら、それでも生きていけている。
普通の人が抱く夢や希望へ目指す心持と、神経症者が不安を持ちながら、
それでも今日を生きる心持を山の高さで例えるなら同じかもしれない」

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このようなグタグタを書くと、無為療法掲示板では削除されてしまう。
どうしてこのような文章を神経症者は書いてしまうのか。
それは彼らの脳では言葉が乱舞しているからです。

それに引き換え健康な脳では言葉が消えていて、動きだけが
無意識から命令され、至って静かなものだ。

まちさんは、前に雑用を良く書き込んでいました。
一休さんの軍隊的雑用と似ていて、まずいなと思っていた。
雑用は結果であって目的になってはならない。健康な人は自然に雑用を
していて、何をやったか一々覚えていない。
呼吸もそうでしょう。呼吸しないと死んでしまうが、呼吸をしている
と人は言わない。

動かなければ病人であるが、動きを報告するのも病人と言うわけで、
健康とは難しいね。
 

混乱の二重唱

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月 6日(土)17時14分8秒
  下は、指導者ぶった人間が他の神経症者に渡した助言ですが、何を言っているのかさっぱり
分からない。狂った脳で一生懸命助言をしようとするから、意味不明な文章が出来上がる。

神経症者の返事も、これまた凄まじく、混乱の二重唱が出来上がってしまう。
どうしたら良いだろう。唯一の手段は脳科学の進歩ですが、容易ではない。

ただ、一歩先に神経症を治した斎藤がいるから、治った人間を
見るべきです。それでも、神経症者は自分が正しいと言い張る。
ああ、精神病を治すのが如何に難しいか、ため息がでる。

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「私の書いたコツを誤解されている様です、何かに没頭して、恐怖を忘れる方法技術をお教えしたのではありません、注意を今起こる生理的現象を放置して、自分の人生に興味を起こし、より良い日々になる様に創意工夫するです
人間の本来は人生の成功(幸せ)に向けて努力をしています、その過程に充実,生甲斐,誇り等を持てて持続できます、普通は暇があれば、無意識にこの事に心は奪われるのですが、貴方は「発作に対する恐怖」に心を奪われるみたいです。

暇になった時に心を奪うのは「人生の成功(幸せ)」か「発作に対する恐怖」かどちらかになるのですが、私は「人生の成功(幸せ)」勧めています、病気で無い人は皆そうなっています。(私の現実もそうです)
人生の成功(幸せ)対して、もっと執着して下さい、色々と工夫が必要です、夢も要ります、努力も要ります、「発作に対する恐怖」が抜けないならそれも仕方無い、同時に人生の成功(幸せ)に深く強く切望して進めよう。

別の言い方すれば、どちらに執着するかですね、治すのでは無くて執着を変えてほしいのです、人生の成功(幸せ)に執着して努力して悪い事は何もありません、恐怖の中でもこれに執着して行おう
実際に成功、幸せは難しいが、困難な中でこれに挑戦する自分の心根は美しいし立派だと実感できます、人生に執着して創意工夫してゆくと、やる事が一杯増えて、時間がほしいとなり広場は通過するとなります」
 

斉藤先生へ

 投稿者:ベスト  投稿日:2019年 4月 5日(金)21時57分30秒
  ありがとうございます。
治った人たちの意見、参考になります。

自分が治療らしき行為を止める決心をして1ケ月。
まだ、動けていないし、やらなければいけない雑用もできていない。
というのも、自分はかなりの面倒臭さがりや。
対人恐怖や書けい 何かよりもそっちの方が
大問題なんじゃないかと、最近感じてきた。

男女問わず魅力的な人間は、よく動く。
何でも後回しにして、面倒臭さがりやは、全く魅力を感じない。

魅力的な人間になって気持ちよく暮らしたい。

 

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