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(無題)

 投稿者:やの  投稿日:2019年 2月17日(日)18時09分28秒
  ご返信ありがとうございます。

重みがない、確かにその通りだと思います。あの書き込みは私の経験をそのまま記述しただけのものであり、
読んだ方が何かを汲み取ってくれると期待して書きました。

神経症を軽く見たつもりはありませんが、不快にさせてしまったなら申し訳ありません。
 

読後感に問題があり

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月17日(日)07時38分16秒
  やのさんの文章を読んで感じるのが、読後感の悪さだ。
「治った、だからどうなの」って感じで、さっぱり重みがない。
神経症と言うのは重大な精神障害であり、治りは生命の革命である。
意識の根本的変化だから、言葉で表すのが大変難しい。
その難しさを神経症が治った人は、簡単な言葉で言う。

簡単で真に迫る表現が、やのさんの文章には見当たらない。
研究室のブラックな環境で気が付いてみたら治っていたと言うだけだで、
私の不眠症が治った経験に似ている。
毎日先輩、同輩との飲みづきあいをしていたら、気が付いたら不眠症は
消えていた。喜びもなにもなく、確かに不眠から解放されたが、
神経症の本体はそのままであった。

やのさんの書き込みは、私が今まで読んだ多くの怪しい治った書き込みの一例かも
知れない。「治った、だからどうなの」では不満なのだ。
何処かに不満が残り、何れ分かる時が来るでしょう。
 

治りました(読みやすくしています)

 投稿者:やの  投稿日:2019年 2月17日(日)05時40分25秒
   10年前、高校1年生の時に神経症にかかりました。勉強中頭の中でなっている音楽が気になり始め、意識し始めたが最後、全く集中できなくなりました。それからというもの机に向かうと今まで気にならなかった些細な音、例えば家族がコーヒーをすする音だったり、ささいな物音に対しても過敏になり、家族に対しても当たり散らすようになりました。

しまいには朝目覚めた瞬間から頭の中で音楽が鳴り始め、勉強がまったく手がつかなくなりました。私は上昇志向が強くまた完ぺき主義であるため、神経症になる素質のようなものは備えていたのだと思います。高校3年生に進学しても改善されず、このころから私は勉強をしなくなりました。といっても全くしなくなったのではなく、学校の課題はこなす程度です。

これまで机に向っては些細な音や頭の中の音楽にイライラし、でも稀に来る調子のいい状態(治ったように錯覚してしまう)に一喜一憂させられることが嫌になったのです。それからは漫画や小説、アニメなどに逃げ込むようになりました。これらはいわゆる勉強ではないため、集中しなければいけない!という思い込みがないためです。そしてそのまま大学受験を迎えましたが、第一志望には落ち、ワンランク落とした地方の大学に進みました。

大学ではそこまで勉学に追われる必要もなかったため、ただふらふらと、留年だけはしないように過ごしていました。この期間が結果的によかったのだと思います。そして4年生になると研究室に配属され、それまでの緩いキャンパスライフとは打って変わって、猛烈に研究に追われるようになりました。いわゆるブラック研究室というやつです。教授も非常に厳しい人で、常に研究に捉われるようになりました。

それはもうほかのことを考える余裕がないほどです。それから3年が過ぎ今に至ります。題名に治りました、と書きましたが、要するに気が付いたら忘れてた、というだけのことです。ただ、あの症状に悩まされていた時の苛立ちや絶望感は記憶しています。それに罹っている時にはどうしようもないことも十分理解しています。

私がその状態から抜けられた要因は二つあると考えています。一つ目は、症状(私の場合は頭の中で音楽が鳴りやまないこと)が消えなくても別にいい、と思える環境に入ったことです。私の場合は大学に入ったことで勉強に迫られることがなくなり、音楽が鳴っていても以前ほどは気にしなくなったのです(まあそれ以前の受験期にはもうあきらめていたのですが)。

二つ目は、それを考える余裕がないほどの環境に身を置いたことです。わたしはブラック研究室に入ったことで、結果的に心配や不安ごとがすべて研究や、研究室の人間関係に持っていかれました。

 治りました、と書いていますが、別に治ったからといって感慨もなく、モチベーションが湧いてくるわけでもありません。当時は、10年後完治していたら大学受験をやり直そうなどとも考えていましたが、別段そんな気力もやる気も出てきません。なぜなら症状に悩まされていたころから今この瞬間までは連続しているわけで、症状がぱったり消えて治る瞬間といったものは存在しないからです。気が付いたら、ああそういえば治ってるな、といったような感じです。

 症状に悩まされていた当時見ていた無為療法のHPをふと思い出し、書き込んでみました。
 

治りました

 投稿者:やの  投稿日:2019年 2月16日(土)23時59分45秒
   10年前、高校1年生の時に神経症にかかりました。勉強中頭の中でなっている音楽が気になり始め、意識し始めたが最後、全く集中できなくなりました。それからというもの机に向かうと今まで気にならなかった些細な音、例えば家族がコーヒーをすする音だったり、ささいな物音に対しても過敏になり、家族に対しても当たり散らすようになりました。しまいには朝目覚めた瞬間から頭の中で音楽が鳴り始め、勉強がまったく手がつかなくなりました。私は上昇志向が強くまた完ぺき主義であるため、神経症になる素質のようなものは備えていたのだと思います。高校3年生に進学しても改善されず、このころから私は勉強をしなくなりました。といっても全くしなくなったのではなく、学校の課題はこなす程度です。これまで机に向っては些細な音や頭の中の音楽にイライラし、でも稀に来る調子のいい状態(治ったように錯覚してしまう)に一喜一憂させられることが嫌になったのです。それからは漫画や小説、アニメなどに逃げ込むようになりました。これらはいわゆる勉強ではないため、集中しなければいけない!という思い込みがないためです。そしてそのまま大学受験を迎えましたが、第一志望には落ち、ワンランク落とした地方の大学に進みました。大学ではそこまで勉学に追われる必要もなかったため、ただふらふらと、留年だけはしないように過ごしていました。この期間が結果的によかったのだと思います。そして4年生になると研究室に配属され、それまでの緩いキャンパスライフとは打って変わって、猛烈に研究に追われるようになりました。いわゆるブラック研究室というやつです。教授も非常に厳しい人で、常に研究に捉われるようになりました。それはもうほかのことを考える余裕がないほどです。それから3年が過ぎ今に至ります。題名に治りました、と書きましたが、要するに気が付いたら忘れてた、というだけのことです。ただ、あの症状に悩まされていた時の苛立ちや絶望感は記憶しています。それに罹っている時にはどうしようもないことも十分理解しています。私がその状態から抜けられた要因は二つあると考えています。一つ目は、症状(私の場合は頭の中で音楽が鳴りやまないこと)が消えなくても別にいい、と思える環境に入ったことです。私の場合は大学に入ったことで勉強に迫られることがなくなり、音楽が鳴っていても以前ほどは気にしなくなったのです(まあそれ以前の受験期にはもうあきらめていたのですが)。二つ目は、それを考える余裕がないほどの環境に身を置いたことです。わたしはブラック研究室に入ったことで、結果的に心配や不安ごとがすべて研究や、研究室の人間関係に持っていかれました。
 治りました、と書いていますが、別に治ったからといって感慨もなく、モチベーションが湧いてくるわけでもありません。当時は、10年後完治していたら大学受験をやり直そうなどとも考えていましたが、別段そんな気力もやる気も出てきません。なぜなら症状に悩まされていたころから今この瞬間までは連続しているわけで、症状がぱったり消えて治る瞬間といったものは存在しないからです。気が付いたら、ああそういえば治ってるな、といったような感じです。
 症状に悩まされていた当時見ていた無為療法のHPをふと思い出し、書き込んでみました。
 

ごうまんと来た

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月16日(土)20時22分3秒
  神経症とは精神病の患者ですよ。
傲慢ではなくて、狂った人間にはやりようがないと嘆いているのである。
まあ、一度脳が狂うと殆ど治るチャンスはないね。
治った者の勝ちであって、無駄な時間を消耗したくない。
 

まちさんと同じであったこと。

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月16日(土)19時14分2秒
  確か去年の5月頃だと思う。雑用で斎藤とまちさんが気が合って、互いに
雑用の競争をした。でも1か月位経ったころ、私は疑問に思いだした。
無為療法のページの最初に、神経症は治し病だと書いてある。
神経症を治すには、神経症円盤の回転を停止することだと主張している。

しかるに、必死に雑用をするは神経症回転円盤の速度を上げるに等しい。
ここで斎藤は、神経症回転円盤の速度を上げる努力をする限り
治りはないと、ハタっと気が付いた。そして翌日に努力を完全停止した。

そしたらどうだろうか。掃除は一日一回でも、次から次と
何かをしている。治す努力を停止すると、すっと強迫観念が消えるではないか。

不自然な動きは続かない。まちさんが、幾ら動きの効用を
言っても、それが不自然な動きである限り、何時か停止する時が来る。
まちさんも普通の人間であって脳の構造も同じだ。
その人が不自然に動いて長続きする分けがない。
治す努力の完全停止が最初に来て、始めて自然な動きが開始される。

もし貴方が雑用を絶賛して、雑用に猛進するようだと、
鈴木知準がやった過ちの繰り返しになる。
あそこを出た神経症の患者は、全員がそのまま消えている。

 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 2月16日(土)18時50分1秒
  神経症は動けないと言うのは事実でした。
動くより治したい。高額の価格で漢方薬を購入する。
斉藤先生とは8ヶ月遣った。この8ヶ月は短い事ではなかった。
又家の周りがガタガタに汚い。これを視て他人は良いように思わない。

兎に角家の周りを綺麗にしました。其れは必死の思いでしました。
それで家の周りが綺麗になりました。其れを見て他人は自分を視る目が変わったと思う。
今までは、ろくに動きもしない人間と軽蔑したのでした。矢張り自分は先生と雑用をした
事は良かったと思う。今後も家の周りは綺麗にして行こうと思う。
家の中の掃除は大切です。

兎に角動けなかった。というより動けない。鉛のように体が重い。
動きより他に良いものがあるように、商売人は言います。
金は幾らでも使い治らないのです。
今も土手の修復をしています。実に長く掛かります。手作業は時間が掛かります。
プロに頼めば数日で終わります。金は掛かります。恐らく15万円は下らないでしょう。
しかし、自分はする事が有り良いのです。今日は革ジャンバーの修理に持っていきました。
動けば、閃きがでるのは確かです。ジャンバーの修理で買うほど金が掛かる所もあります。
僅かな金で出来るところも有ります。人間は動くことがプラスになります。
動かなければ頭がボケルというのは、健康人でもいえると思います。歳をとると
動かなくなると痴呆症になる。動物は動く物と書くように動いて初めて実りがあります。

雑用に効果はないとは治す事に執着した動きに効果は無いと言う事です。
自然に動くことが、いろいろな面で良いのです。
自分は先生に恩は有るのです。初心を忘れずにいこうと思います。
 

翻訳完成

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月11日(月)10時14分17秒
  解離性障害
http://mui-therapy.org/newfinding/depersonalisation-disorder.html

私はこれを今まで離人症と解釈し、自分も似たような経験をした事があると
思っていたが、解離性障害の深刻さは、そんなものではなかった。
神経症のカテゴリーには含まれるが、対人恐怖症の患者の訴えとは
かなり違う。

ウィキペディアを見ると難しい説明を長々としているが、
この翻訳を読むと分かりやすい。心の問題を一見科学的に説明
すると、限りなく似非科学の世界に入って行くのが分かる。

本質は分からないのである。分からないものを分かったように説明する
から、フロイト的嘘をつくことになる。

脳の科学では不安と言う簡単な一語も説明できない。
だから解離性障害のような、より込み入った心の障害を
脳科学で説明すべきではないでしょう。
 

悟り

 投稿者:まち  投稿日:2019年 2月11日(月)10時04分15秒
  「悟りとは安心であり、希望であり、自然であるのは間違いないが、それを求めると次第に
離れる」。解答は「無」であり、求めてはいけないのです。

最終的にはここにあると言うことです。
「悟りとは1つではない」ということに繋がる。
 

英会話と世間話

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月10日(日)13時39分40秒
  実は、私は英語の上達が目的で開始したが、今は日常の退屈しのぎに
しています。私はリタイアーして長いから、一日やることがない。
今は一日3回、合計1時間半英会話していて、毎日が忙しい。
英語が上達すると日本語と同程度の会話ができますから、世間話は
当然します。

セルビア人は頭が良くて、話す事は政治経済になる事が多いが、
フィリピンと話す時、特に女性と話す時は世間話になります。
会話の上達で一番効果があるのは、世間話なのです。
世間話を不自由なく話すには、アメリカ映画を見る必要がある。
映画を見ながら、5年とか10年訓練すると、あらゆる会話をが
できるようになります。
反対は無理でしょう。頭で英作文しながら会話ではとても間に合わない。

英会話の授業料は一日3回で月13,000円、一日1回で6000円
と言う所です。でも難しいですよ。普通は3か月で止めて行く。
十代の前半に開始すればそれほど難しくはないが、成人してから、
特に30歳を過ぎると極端に難しくなる。

それでもいいなら一度試したらよい。
 

世間話

 投稿者:まち  投稿日:2019年 2月10日(日)10時16分8秒
  「毎日セルビアの人間と英会話をしています」と先生は言われます。
これは英語が出来なくても出来ますか、また月のお金はどの位ですか。

無料の相談電話があります。インターネットで調べ無料でできるのを調べました。
話すと「如何しましたか」と尋ねる。自分は世間話がしたいだけなのです。
其れではおかしいのでした。深刻な悩みを相談する人が殆どとの事。
しかし、スーパーに行っても深刻な表情の人は見えません。

その点英会話で世間話をするのは、非常に良いと思い、自分もしてみたいと思いました。
 

今朝は寒かった

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月10日(日)09時45分58秒
  連日の大雪注意報が外れて、何時もの朝だろうと窓を開けると、薄っすらと雪に覆われている。
やっと雪らしい雪が東京に降った。最近は雪なしの年が増えて来て、地球温暖化を
身近に感じる。

すぐ、公園に散歩に行った。何時もの人がもうランニングをしている。
テニスコートは満員だ。
身近にこれだけの広大な公園があるのは幸せである。
今、更に拡張中で、現在の工事は地下貯水槽の建築で、
かなり巨大なものが出来る。このような努力により、東京から
洪水はなくなった。

東京の生活の質は年々進歩している。今は郊外に家を買う人が
殆どなくなった。人口減少と大気汚染がなくなった事で、郊外に移り
住む理由がなくなった。1時間以内の通勤圏内で、マンション住まいで
悪くない。

一戸建ての問題点は、家部分は30年後には無価値になる事だ。だから
土地の値段が上がらない限り、投資としての価値はない。
ニュージーランド、オーストラリアでは丁寧に住めば、20年後には
投資分プラス配当付きで回収できる。文化の違いだな。
 

春近し

 投稿者:まち  投稿日:2019年 2月10日(日)09時19分31秒
  昨日は寒かった。自分は窓の掃除をしました。
それと小枝が落ちている所の掃除をしました。
最近は寒い暖かいの繰り返しです。

2月も10日と成りました。冬の真ん中です。3月になると春も直ぐです。
 

TOEIC何点とは

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月10日(日)08時34分57秒
  TOEICに拘るとは、学校英語を今後もやると言う意思表示です。
実は日本の教育に従事している人で、英語ができる人は誰もいなかった。
先生はもちろん、問題の作成者、採点者、大学の英文学を教える教授等。
この環境で幾ら良い点数を取っても、所詮英語とは関係のない世界の
空しい努力であった。

TOEICを言わないとは、日本語の世界から脱出して、英語だけで
完結する世界への船出なのです。
今、毎日セルビアの人間と英会話をしていますが、彼等の誰一人として
テストを言う人はいない。皆、自分の努力で英語をものにしている。
本来言葉と言うものは教育とは関係がないのです。

教育に関連付けたために、英語で飯を食う人と産業を作り出して
しまった。この産業に巣くう人達は、自分の仕事と収入には関心が
あっても、生徒の言葉の上達には関心がない。
むしろ上達しなければ永久に仕事が保証される。
日本人は彼らのいい飯のタネにされたわけです。
 

内臓細菌でしたか。納得です。

 投稿者:翻訳本舗  投稿日:2019年 2月 9日(土)22時30分54秒
  脳萎縮の兆候が見られるから、脳内物質だと思っていました。ものの見事に外れたようです。細菌パワーを侮るなかれです。
ブリベリアヨーグルト、納豆の健康食品のイメージが有りました。細菌はエネルギーとしても見直されているようです。多いに期待したい反面、怖い面もその分浮上しました。
これだけの翻訳を拝見するとTOEICが何点の世界が多いに疑問となりました。
 

解離性障害

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月 8日(金)17時28分45秒
  私が鈴木に入院した時に離人症と言う言葉を最初に聞いた。
神経症もあまり酷くなると、自分が自分でないような感じになる。
解離性障害をインターネットで検索すると、何か分けのわからない物凄く
難しい注釈をしていた。これでは意味不明である。

そこで今日あるメディアから面白い記事を発見したのでこの翻訳を
開始した。医学的説明云々より、実際自分が苦しんでいる人の
文章を読むとスッキリ分かる。
でも分かると言う事と、治せると言う事は違うのだ。
 

神学論争

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月 5日(火)10時24分22秒
  まちさんも同じであるが、神経症者はすぐ神学論争を開始する。
禅がどうの、悟りがどうの、無意識がどうの論議だ。
健康な人、神経症が治った人はこの手の論議をもっとも嫌う。

ブラック企業に入社して、そんなこと言っていると殴られる。
顔を見ると青い顔している。如何にも自信のない顔であり、
顔には売れませんとかいてある。

健康な人の顔には輝きがあり、照りがある。売れますの顔ですよ。
神経症とは病人で精神病だ。
精神病の人間が神学論争をするアホさ加減はない。

言われたくないならどんどんやれだ。
私はもう掃除を一日3回もやらない。現在は2日に一回、あるいは3日に一回だ。
不必要に雑用をする姿が狂いなのです。

雑用に拘らなくても幾らでもやる事がある。
朝起きてから寝るまで、何かをやり続けているが、自分では何をやったか
一々覚えていない。

第二では”通りすがりの人”に対して意見を述べている。
不愉快だね。神経症が治ると、神経症者と会話するのが面倒だ。
会話をした所で、治るのは100万分の1以下と言う冷酷な事実を知っている。
 

普通人

 投稿者:まち  投稿日:2019年 2月 5日(火)00時32分18秒
  斉藤先生の言われることは解ります。
これは普通人と同じであります。神経症者は屁理屈があります。
この屁理屈が動きに変われば良いのです。動きながら屁理屈は言いません。

自然に動ける矢張り其処に在ります。
普通人は悟りにさえ囚われないです。というより悟り自体知らない。
悟りを知って悟りに囚われない。これこそ真の悟りであります。

しかし、考えても駄目です。自分は今動いていますと言うより
する事があります。斉藤先生のように成れないのが現実です。
入院中は動けたが、退院したら動けないこれが雑用の効果をしていると
そうなります。無意識に次々動けるのが本物です。
雑用に効果が無いと考えるのは、普通人は皆そうです。

私は治すとめに動くと言うより、動いているときが楽しいと思うのです。
また安心できるのです。最初のときは疲れたが慣れてきました。
 

買い物にいきました

 投稿者:まち  投稿日:2019年 2月 4日(月)20時27分50秒
  今日はメールをあれこれした。パソコンメーカーに電話をしてです。
メール操作やパソコンの操作が面倒になりました。

未だ体を動かしているほうが良いです。土手の修復はまだまだ続きます。
今日は其れから買い物に行きました、80歳位のお婆さんが話しかけてきました。
若い女は話し掛けてきません。断念でありました。若い店の店員は愛想が良いです。
 

翻訳完成

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月 2日(土)13時51分37秒
  細菌と脳の会話
http://mui-therapy.org/newfinding/germ-talk-brain.html

最近、心と関連して腸内細菌を語る記事が多くなっている。
腸と脳が結ばれていて、細菌が脳に影響を及ぼしているなんて、
今までは考えもしなかったことであるが、どうもその可能性が
あるらしい。

*****からの記事で、やはり老舗の新聞は
面白い記事を書いてくれる。
インターネットの攻勢で、新聞社は軒並み元気がない。
しかし新聞記者がいなくなったら、それに代わるものがない。
フェークニュースとか、ツイッターみたいなものばかりになり、
やはり行きすぎは困ったものだ。
 

「一物も無いとは、悟りも無いと言う事」

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月 1日(金)19時24分49秒
  即ち雑用もないと言うことだ。
雑用、雑用と言うと雑用に囚われている。
本来無一物とは、ないと言う事も否定する。

雑用と言う言葉がない時に、真の雑用が出来る。
真の雑用に入ると、自分が雑用をやっているように感じない。
だから朝から晩まで動いても楽なのじゃないか。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 2月 1日(金)19時01分47秒
  『「悟り」「煩悩」ばかりか「一物も無い」と言う考え方さえない、
一切のとらわれを否定し尽した世界こそ禅であると説いたのです。』

ある坊さんは、座禅が迷いが無くなると言う。また釈迦も座禅で悟ったと言う。
本来無一物に囚われていると言う。座禅がもっとも大切と言う。

しかし、「一物も無い」と言う考え方さえない、一切のとらわれを否定し尽した世界こそ禅であると説いたのです。

悟りにさえ囚われないと言うことです。慧能の考えです。
また座禅は無為療法では禁止されている。

悟り悟りと求める事は、治したい治したいの現われかも知れない。
一物も無いとは、悟りも無いと言う事。
 

動く

 投稿者:まち  投稿日:2019年 2月 1日(金)11時01分59秒
  兎に角、動かなければ駄目だ。
動いた後で考える。動いた後は、考えるのがバカバカしくなる。
 

真の動き

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 2月 1日(金)09時46分34秒
  神経症を治す目的が消えるから動けるのです。治る目的で動いたら、
2時間もしたらやる事がなくなるのでは。第一自分に対して嫌気が
指すでしょう。何故掃除ばかりやってなければならないのかと。

神経症を治す目的が消滅した状態では、動けと
言う前に動いている。生きる動作は、動きなくしてはあり得ないからだ。
空気をすう、飯を食う、トイレに行く、どれをとっても動きだ。
この動きが、朝起きてから就寝するまで途切れる事がないのが
健康な状態です。

第二掲示板のように、神学論争をするようになったら精神病院行きである。
健康世界で誰が神学論争をしているか。ブラック企業でそんな事をしたら殴られるよ。
一般社会では、単純な動作をその場でやってくれる人を必要としている。

私の今日の雑用は、洗濯です。すがすがしい朝で、洗濯物が直ぐ乾く。
床屋にも行く。私は千円床屋が大嫌いで、少し高いがお気に入りの
床屋に行く。ついでに公園で散歩もする。
 

スマホ

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月31日(木)18時48分32秒
  自分もガラ系の使い放題です。
ガラ系では貧乏の様で体裁が悪いのでは無いかと思う。
確かにぶつかって来る者が居ました。そのくせ謝りもしない。

年中見ていると悪い影響が出るのは確か。寝ても覚めてもゲームをしている。
 

真の動き

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月31日(木)13時37分10秒
  私は健康世界に生きているが、自分が雑用をやっている意識はない。
朝起きてから寝るまで、何かしているのは間違いがない。
動く時に効用を求めてない。もちろんこうすれば神経症が治ると言う意識は
微塵もない。

敢えて言うなら、体が動いていると言うより心が自由に動いている。
色々気が付く。発見もする。能率が良い。
今、翻訳をしているが難しいと思う文章はない。

最近聞くようになったのはスマホの弊害だ。幼児がスマホを長時間やると
発達障害が認められると言う。
大人ではスマホ疲れが言われ始めた。
歩きながらも右手にスマホを持ち続ける。あれが醜い。
どれ程スマホが重要か知れないが。あんなものなくても
人間は文明を築き上げた。むしろ、スマホが文明を破壊する
のではと感じている。
物事煩い、醜いと感じ始めたらもう終わりだ。

東京からオートバイが消えた。車の数がグンと減った。
不必要なものが消えて社会が良くなる。
そう言えば、最近結婚式に数百万円を言わなくなった。
派手な葬式も消えた。
社会から独身に向けられる奇妙な目がなくなった。

こう考えると、全般的には社会は良くなっている。
一つ悪くなっているのは、人々のスマホ漬けである。
 

動くこと

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月31日(木)08時49分59秒
  神経症は別世界に居る。自分を否定しなければ成らない。

土手の修復ちょっとしたときは直ぐ遣れると思ったが、
実際遣ってみたら時間が掛かる。この冬中に出来れば良い。

頭痛がするとき、良し遣ろうと家の外に出たら治った。
今年は沢山野菜を作った。寒さで野菜が甘くなる。
 

直感

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月30日(水)17時37分32秒
  神経症が治ると直感が働くようになる。
最近経験したのですが、私は慢性の水虫に悩んでいる。大した事はないが、
薬を止めると直ぐ戻ってくる。つけたり止めたりを10年以上もやっていて、
何か根本的に治す方法がないかと考えた。

私は余り靴を履く事がないから、原因は何だろう。殆どは自室にいて
足の健康には良いはずだ。でも靴下を履き続けている習慣がある。
ひょっとしてこの靴下が外部との空気の出入りを遮断しているのではないかと。

そこで、冬であるから靴下の代わりになるものを探した。
女性が使うレッグウォーマーがあった。あれの短いヤツを買って来て
靴下の代用にした。これだと指先は常に外気に曝されている。
こうしておいて薬を付けるのを止めてもう一カ月以上経つが、
水虫は戻ってこない。指の付け根は乾燥している。
やったー!!

水虫の原因は靴下であったとは。ついでに副次効果も
あった。中指にほくろが出来て困っていたが、これが小さくなって
来たではないか。これはひょっとすると水虫菌が
作っていたのかも知れない。

ここは神経症を治すホームページで、雑用を推奨しているが、
健康をしめすシグナルは雑用ばかりではない。このような気転、
閃きは健康な心を証明する重要な要素である。
 

キャシュレスの実践

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月30日(水)14時31分39秒
  最近、出来るだけクレジットカードで買い物をするようにしている。
幸い,私がお気に入りの2つのスーパーはクレジットカードで支払いができる。
それに慣れて来てのか、クレジットを受け付けないお店に行くと、手間がかかる。
何時もだとカード提出で直ぐレジが終わるのに、現金のお店では小銭財布と
紙幣財布と取りだして、小銭を用意してと時間がかかる。

特にお年寄りでは視力が衰えているから、小銭を間違え、用意するのに
時間がかかりと、レジの他のお客に迷惑がかかる。

お年寄りは現金が良い、現金に慣れているというが本当だろうか。
私自身の経験によると、カード支払いの方が余程簡単だ。
ただ、支払いの報告と、一カ月まとめた銀行口座からの支払いは
パソコンでチェックする必要がある。ここが出来ない年寄りはアウトで
あるが、そこまで出来る人はどんどんカード払いに移行することを
お勧めする。
本当に簡単なので驚いている。
それと自分が何にどれ程支払いしたかの管理が簡単だ。
カード払いになってから、支払いを几帳面に見るようになった。
 

神経症であるかどうかの確認

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月29日(火)20時02分34秒
  自分が神経症であるか、治っているかの確認は、第二掲示板の
書き込みを読んでどう感じるかだ。
あまり感じない、一緒に論戦する気になるようだと、貴方は神経症である。

神経症が治ると、連中の書き込みは鼻から読まない。
狂った人間の文章は読めないのだ。
 

雑用には効用がないこと

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月28日(月)16時53分23秒
  真の雑用には効用はないし、効用を求めない。だから朝から晩まで動き続けることが
できる。もし効用を求めたら、1時間後にはやる事がなくなる。
丁度息吸うのと同じだ。息する時我々は効用は考えていない。ただ息をすっているだけ。
トイレに行くのも同じ。台所仕事をするのも同じ。
風呂の準備も散歩も皆同じだ。ただやっているだけである。

それでいて、動くは気持ちが良い。
何故なら我々は動物であり、動くように出来ているからです。
 

単に何かをやり続ける事

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月27日(日)14時34分1秒
  健康になるとは、単に何かをやり続ける事である。
その結果治ったとも、治ってないとも言わない。
他人の評価を気にしない。
健康世界とは自分が一番知っている。
この生き方が神経症になる前の自分であったはずだ。
 

雑用の回数

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月26日(土)09時10分57秒
  私は最近掃除は2日に一回、あるいは3日に一回に減っている。
そんなに頻繁に掃除をする必要もないし、強迫的に掃除をする姿が
病人の姿と考えているからである。

掃除をしなくても、やる事は山ほどある。自分では何をやったか
覚えていないが、朝起きてから晩に寝るまで、動作が停止する
ことはない。常に何かをしていて、これが健康な姿だ。
 

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月23日(水)17時03分28秒
  東京では車に目が行かない。既に車はステータスシンボルではなくなり、単にお飾りになった。
日常の動きは歩く、自転車、鉄道、地下鉄で完結している。
私の雑用はあまり書く事がなくなった。何時も行く公園の散歩は本当に気持ちが良い。
こんな寒い季節には八丈島に行きたくなる。あそこは亜熱帯の雰囲気が
あり、真冬でもブーゲンビリアの花が咲いている。
思い切ってフィリピンに行けば真夏だ。ハワイとかは飛行時間が長いから
行きたくない。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月23日(水)09時59分42秒
  二代目プリウスが出た時、コンビニの駐車場に全車プリウスが止まっていました。
三代目が出た今、二代目プリウスは何所に行ったのか、見えない。

今、土手の修復をしています。手作業でして居ます。4リューべの土が要ります。
遣ってもらえば15万円掛かります。
時間をかければ、自分で出来ます。この冬中に遣れば良いぐらいに考えていましたが、
手を付けてみれば想でもなさそうです。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月22日(火)17時57分1秒
  立って座禅をするお寺が有ります。
これを聞いて、禅が雑用と似ていると思ったのです。
只管打坐の座禅と雑用です。立って座禅は雑用をする事です。
禅の悟りが神経症の治りに関係している。
禅では座禅であります。雑用は只管打坐で動くのであります。
「無」は口に出したら「無」ではない。

他の神経症掲示板3回書いて、本を読むよう薦めます。
そして消えます。これでは神経症は治らないと思います。難治性が強いのです。
 

順番を間違えると大変

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月22日(火)15時40分13秒
  療法を完全に放棄した結果として動きに入いる場合は、禅の悟りの境地にいる。
しかし、悟りを目的にして動く場合は、狂いの世界に真っ逆さまだ。
だから、正気と狂気は紙一重と言うのです。

私は、今神経症を治す考えはゼロであるから、朝から晩まで雑用の連続である。

所で、玄米の結論がやっと出た。理想的玄米は、”もち米玄米”であった。
少し少な目の水で炊く。蒸気が噴出してから20分火を弱く保ち、
火を消す。炊く前の水に浸す時間は、1から2時間で十分のようだ。

食べたら、オコワのようで、少しパリッとして、昔食べた美味しい玄米が蘇った。
おかずが要らないのだな。塩を多少振りかけただけで、美味しく頂ける。
栄養が全て備わっていて、繊維質も豊富だ。
年齢から来る便秘が完全解消した。
 

毎日が楽しい

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月22日(火)13時59分4秒
  『斎藤は全治したからこの人生を楽しんでいるのでなく、全治なんて
考えもしなくなったから毎日が楽しい。』

今日は動く気がしなかった。また視たらする気になった。
自分の脳は考えが、変わる。良く見えるときと悪く見えるときがある。
不思議に思う。物事が悪い様に見えると面白くない。
動けなくなっては、神経症です。動いているときが神経症の外に居ます。
これは禅の悟りと言うのが分かります。
 

鈴木の卒業者へ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月22日(火)08時14分21秒
  「鈴木診療所では、改善はあっても全治はありませんでした。」

全治はおかしい。神経症者の妄想ではないか。
改善もおかしい。何年言っているのか。もう30年も続けながら
今日も改善したという。

「雑用が治療行為になってしまえば、仕事で働くしかないのでは?」
仕事ができないのに仕事と言う。目の前の何かが出来ないのに
良く言えるものだ。

貴方の文章を読んでいると、ああ、狂っているなとため息が出る。
神経症は重大な精神病と言わざるを得ない。
何時まで治療行為をしているのか。人生が終わってしまうではないか。
それを止めれば自然と体は動き始める。雑用なんて言わなくても何かを
開始している。

斎藤は全治したからこの人生を楽しんでいるのでなく、全治なんて
考えもしなくなったから毎日が楽しい。
私と神経症者ではあまりにも思考に違いがあり、つなぐものがない。
神経症者のレベルに降りて行って理解させる努力なんて所詮無理だ。

 

朝令暮改

 投稿者:通りすがり  投稿日:2019年 1月22日(火)06時22分59秒
  鈴木診療所では、改善はあっても全治はありませんでした。

雑用が治療行為になってしまえば、仕事で働くしかないのでは?
現在、農業で働いています。
 

神経症者の文章を読むのは苦痛なこと

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月18日(金)19時51分28秒
  神経症とは精神病であるから、この人達が書く文章であまり愉快を感じる事
はない。
時々、精神科の医師は大変だなと思う。毎日朝から晩まで
この人達相手に話さなければならない。しかも良い療法、良い薬が
あれば未だ救われるが殆どないのが現状だ。

特に神経症者で困るのは、自分が正しいと主張することだ。
精神病とは考える脳が正常でないのに、その脳を持っている人間が
自分が正しいと主張するとどうなるのか。

結局自己破壊が待っているだけで何も解決がない。
私はたまたまここで敢えて神経症者のためのサイトを作っているから
このジレンマに耐えているが、一般の人は無視していて
何も感じない。結局、社会は神経症がある事さえも
認めてないのが現状だ。最後は神経症者自身が決定しないとならない。
 

行け行けドンドン

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月17日(木)13時54分21秒
  最近の日本の韓国の緊張で、行け行けドンドン的記事が多いので驚いている。
日本人として、このように書くのが一番簡単で誰にも受け入れられる意見であろうが、
ここで日本の太平洋戦争中の新聞の記事と比較すると面白い。

あの頃も日本の大方は朝鮮を罰すべし、中国を罰すべし、満州は日本防衛の要で
あるように書いていた。アメリカに対しても、ここに至っては開戦もやむなしの論調であった
だろう。これに反対しようものなら非国民と呼ばれる危険があった。

私は韓国に10回行き、彼等の心のこもる援護を受けて、あ裁判問題も損害が大きく
ならずに済んだ。中国も小泉政権で最も日本と中国が緊張した時に中国に頻繁に
言ったが、嫌な思いを一度もした事がなかった。高速バスの切符窓口で困っていると
皆が私を助けてくれた。私が敢えて日本人だと言っても冷たい眼差しを投げかける人は
一人もいなかった。むしろ独特の人種差別を経験したのは,アメリカ、カナダ、オーストラリア、
ニュージーランドであった。

このような自分の体験はニュースの読みすぎに対する有効な緩衝材になる。
今の韓国罰すべしの勢い言い記事を見ると、ああ、人間と言うものは何時の時代も
同じだなと思う。新聞が悪いと人は言うが、実際は自分達に問題がある。韓国を罰するべしと
書かないと、記事を読んでくれないのだ。広告収入も入らないのだ。
ネット右翼にあまり影響されないように注意が必要だ。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月10日(木)18時56分23秒
  今日は果樹の剪定をしました。寒い日で有りましたが、着込んでしました。
剪定をするのに、非常に体が重い。嗚呼神経症地獄かと思いましたが、
一応区切りまでしました。しかし後で考えるに、昨日耕運機で畑の鋤き込みをしたため
体が堪えたのもあると思いました。矢張りやった後は気持ちが良いです。

今後の一週間天気予報を見ると日中10度を下回る日が略無い。今年は暖冬のような気がします。
暖かいと早く春が来る様な気がします。
 

目的のない雑用

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月10日(木)14時04分8秒
  今日は大変寒い日で、日差しも弱い。12時現在4度と、今年最低気温である。
洗濯したが湿度が低いとは言え、温度が低いから乾燥しない。
そこで洗濯物を室内に移した。恐らく夕方5時には乾燥すると思う。

その他細かい事を処理していたが、その間に雑用の目的を考えたことが
あっただろうか。一度もない。雑用の効用も考えない。ただ何かをしているだけで、
その結果、神経症が良くなるなんて全然考えない。

ただ一つ言えるのは、人間も動物であって、動物はすべからく動けば気持ち良く
出来ている。そんな事、研究を待つまでもなく、動く物と書く動物は
動いて気持ちが良いのです。
雑用をしかりで、雑用を処理して気持ちが悪い人は誰もいない。
 

デヘマルとかHNなんかの投稿

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 9日(水)11時45分56秒
  こんなもの読む価値がない。
神経症を治すとは100万分の1を狙う大変難しい挑戦です。
なのにデヘマルとかHNを参考にしているようでは、とても無理だね。
狂いからの脱出ですよ。
 

「無」の雑用

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 9日(水)10時37分58秒
  HN氏は素人には手を出さない。斉藤先生には手を出す。
先生もHN氏が駄目なら出入り禁止にするがそうしない。
自分はHN氏は悪い人間では無いと思う。先生も同じと思う。

しかし、HN氏の文章は長い最後まで読めない。また森田では何か治ったことが
嬉しいような書き込みを見る。部分的な治りかもしれない。

先生の所に居る限り先生の方針で行かなければならない。
第二掲示板のでへまるさんの発言に私も興味があります。

私は先生と二人三脚で雑用をしたときがありました。
自分は非常に成果が上がったのです。

雑用は大切と思います。治す事の完全停止は狂った脳で考えても駄目と思います。
動いている内に、治す事の意欲が無くなる。神経症は治すことをしなくなったときが
治りです。これは正解です。
治す事をしなく成るを頭で考えるのではなく、自然に治す意欲が無くなる。

無為療法は昔から雑用を「無」状態で行う。これに変わりは無いと思います。
 

圧力釜

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 8日(火)20時04分0秒
  私も購入以来色々試しています。
最近はもち米玄米を炊いている。お焦げが出来るが美味しく炊ける。
玄米を食べ始めて変わったのは、私の年齢からくる便秘がピタッと
止んだこと。恐らく植物繊維の含量は玄米が一番だからでしょう。

市場から買ってくるイカは普通に煮ると硬くて苦労しますが、圧力釜
では十分柔らかくなる。
その他豆、栗など試したら美味しくできるのでは。
豚肉の塊も試したい。美味しいものが出来るに違いない。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 8日(火)19時27分30秒
  今日は耕運機で畑の鋤き込みをしようと思いました。
それとエンジンオイル交換です。しかし、良く視るとタイヤの空気が無い。
店に問い合わせたら、タイヤ交換ん1万8千円、チューブ交換で7千円といいます。
金が掛かるなーと思いました。駄目にしてスタンドに持っていきました。
パンクはしていないのです。自然に抜けたといいました。そんな事があるとは知りませんでした。
550円ですみました。

それと思う事は、高圧鍋でジャガイモを煮たとき柔らかくなりすぎたことです。
かぶも一緒に入れましたが、何所に行ったか分からなくなりました。
 

動けば治るはダメ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 8日(火)12時59分42秒
  私は鈴木神経科に入院した。あそこからは数千人の人が、神経症を改善あるいは治癒して
退院して行ったが、その全員がその後消息不明になっている。全員失敗したのです。

この病院では入院患者の半分以上が軍隊のように走り回っていた。
病院の一階から5階まで走り抜け、炊事、掃除、バラ園の手入れと、そのぴしぴしと
動く様を見て圧倒されたものです。
しかしその動きに何か不純なものを見た。強迫観念に打勝とうの意思です。
強迫観念というものは、振り払おうとすればするほど覆いかぶさってくる。
どんなに努力をしても無理だ。何なれば精神病の一種だから勝つことができない。

無為療法でも同じです。神経症を抜け出す目的で必死に動いたら発狂してしまう。
神経症を治す目的がないから、動きが自然であり無理がなく、朝起きてから
寝るまで続いて全く疲れない。
むしろ満足して安眠が待っている。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 8日(火)11時10分47秒
  「日常の寂しさから、万引きに身を染める者がいます。
これは犯罪です。」と言う張り紙をスーパーで見ることがあります。

精神病患者だけでなく、普通人でもその様なことをする者が居ます。
TVで視ましたが、お婆さんが家電品をレジを通さず自分の手押し車で持って帰って、
部屋中箱のまま山積みです。これは万引きと言うより窃盗です。
年間の万引きによる被害は相当なものと言われています。
最近はお客の数よりカメラの数の方が多いところもあります。

普通人でも、何もしないで居ることは良くないのです。
 

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