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神経症者の文章を読むのは苦痛なこと

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月18日(金)19時51分28秒
  神経症とは精神病であるから、この人達が書く文章であまり愉快を感じる事
はない。
時々、精神科の医師は大変だなと思う。毎日朝から晩まで
この人達相手に話さなければならない。しかも良い療法、良い薬が
あれば未だ救われるが殆どないのが現状だ。

特に神経症者で困るのは、自分が正しいと主張することだ。
精神病とは考える脳が正常でないのに、その脳を持っている人間が
自分が正しいと主張するとどうなるのか。

結局自己破壊が待っているだけで何も解決がない。
私はたまたまここで敢えて神経症者のためのサイトを作っているから
このジレンマに耐えているが、一般の人は無視していて
何も感じない。結局、社会は神経症がある事さえも
認めてないのが現状だ。最後は神経症者自身が決定しないとならない。
 

行け行けドンドン

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月17日(木)13時54分21秒
  最近の日本の韓国の緊張で、行け行けドンドン的記事が多いので驚いている。
日本人として、このように書くのが一番簡単で誰にも受け入れられる意見であろうが、
ここで日本の太平洋戦争中の新聞の記事と比較すると面白い。

あの頃も日本の大方は朝鮮を罰すべし、中国を罰すべし、満州は日本防衛の要で
あるように書いていた。アメリカに対しても、ここに至っては開戦もやむなしの論調であった
だろう。これに反対しようものなら非国民と呼ばれる危険があった。

私は韓国に10回行き、彼等の心のこもる援護を受けて、あ裁判問題も損害が大きく
ならずに済んだ。中国も小泉政権で最も日本と中国が緊張した時に中国に頻繁に
言ったが、嫌な思いを一度もした事がなかった。高速バスの切符窓口で困っていると
皆が私を助けてくれた。私が敢えて日本人だと言っても冷たい眼差しを投げかける人は
一人もいなかった。むしろ独特の人種差別を経験したのは,アメリカ、カナダ、オーストラリア、
ニュージーランドであった。

このような自分の体験はニュースの読みすぎに対する有効な緩衝材になる。
今の韓国罰すべしの勢い言い記事を見ると、ああ、人間と言うものは何時の時代も
同じだなと思う。新聞が悪いと人は言うが、実際は自分達に問題がある。韓国を罰するべしと
書かないと、記事を読んでくれないのだ。広告収入も入らないのだ。
ネット右翼にあまり影響されないように注意が必要だ。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月10日(木)18時56分23秒
  今日は果樹の剪定をしました。寒い日で有りましたが、着込んでしました。
剪定をするのに、非常に体が重い。嗚呼神経症地獄かと思いましたが、
一応区切りまでしました。しかし後で考えるに、昨日耕運機で畑の鋤き込みをしたため
体が堪えたのもあると思いました。矢張りやった後は気持ちが良いです。

今後の一週間天気予報を見ると日中10度を下回る日が略無い。今年は暖冬のような気がします。
暖かいと早く春が来る様な気がします。
 

目的のない雑用

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月10日(木)14時04分8秒
  今日は大変寒い日で、日差しも弱い。12時現在4度と、今年最低気温である。
洗濯したが湿度が低いとは言え、温度が低いから乾燥しない。
そこで洗濯物を室内に移した。恐らく夕方5時には乾燥すると思う。

その他細かい事を処理していたが、その間に雑用の目的を考えたことが
あっただろうか。一度もない。雑用の効用も考えない。ただ何かをしているだけで、
その結果、神経症が良くなるなんて全然考えない。

ただ一つ言えるのは、人間も動物であって、動物はすべからく動けば気持ち良く
出来ている。そんな事、研究を待つまでもなく、動く物と書く動物は
動いて気持ちが良いのです。
雑用をしかりで、雑用を処理して気持ちが悪い人は誰もいない。
 

デヘマルとかHNなんかの投稿

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 9日(水)11時45分56秒
  こんなもの読む価値がない。
神経症を治すとは100万分の1を狙う大変難しい挑戦です。
なのにデヘマルとかHNを参考にしているようでは、とても無理だね。
狂いからの脱出ですよ。
 

「無」の雑用

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 9日(水)10時37分58秒
  HN氏は素人には手を出さない。斉藤先生には手を出す。
先生もHN氏が駄目なら出入り禁止にするがそうしない。
自分はHN氏は悪い人間では無いと思う。先生も同じと思う。

しかし、HN氏の文章は長い最後まで読めない。また森田では何か治ったことが
嬉しいような書き込みを見る。部分的な治りかもしれない。

先生の所に居る限り先生の方針で行かなければならない。
第二掲示板のでへまるさんの発言に私も興味があります。

私は先生と二人三脚で雑用をしたときがありました。
自分は非常に成果が上がったのです。

雑用は大切と思います。治す事の完全停止は狂った脳で考えても駄目と思います。
動いている内に、治す事の意欲が無くなる。神経症は治すことをしなくなったときが
治りです。これは正解です。
治す事をしなく成るを頭で考えるのではなく、自然に治す意欲が無くなる。

無為療法は昔から雑用を「無」状態で行う。これに変わりは無いと思います。
 

圧力釜

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 8日(火)20時04分0秒
  私も購入以来色々試しています。
最近はもち米玄米を炊いている。お焦げが出来るが美味しく炊ける。
玄米を食べ始めて変わったのは、私の年齢からくる便秘がピタッと
止んだこと。恐らく植物繊維の含量は玄米が一番だからでしょう。

市場から買ってくるイカは普通に煮ると硬くて苦労しますが、圧力釜
では十分柔らかくなる。
その他豆、栗など試したら美味しくできるのでは。
豚肉の塊も試したい。美味しいものが出来るに違いない。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 8日(火)19時27分30秒
  今日は耕運機で畑の鋤き込みをしようと思いました。
それとエンジンオイル交換です。しかし、良く視るとタイヤの空気が無い。
店に問い合わせたら、タイヤ交換ん1万8千円、チューブ交換で7千円といいます。
金が掛かるなーと思いました。駄目にしてスタンドに持っていきました。
パンクはしていないのです。自然に抜けたといいました。そんな事があるとは知りませんでした。
550円ですみました。

それと思う事は、高圧鍋でジャガイモを煮たとき柔らかくなりすぎたことです。
かぶも一緒に入れましたが、何所に行ったか分からなくなりました。
 

動けば治るはダメ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 8日(火)12時59分42秒
  私は鈴木神経科に入院した。あそこからは数千人の人が、神経症を改善あるいは治癒して
退院して行ったが、その全員がその後消息不明になっている。全員失敗したのです。

この病院では入院患者の半分以上が軍隊のように走り回っていた。
病院の一階から5階まで走り抜け、炊事、掃除、バラ園の手入れと、そのぴしぴしと
動く様を見て圧倒されたものです。
しかしその動きに何か不純なものを見た。強迫観念に打勝とうの意思です。
強迫観念というものは、振り払おうとすればするほど覆いかぶさってくる。
どんなに努力をしても無理だ。何なれば精神病の一種だから勝つことができない。

無為療法でも同じです。神経症を抜け出す目的で必死に動いたら発狂してしまう。
神経症を治す目的がないから、動きが自然であり無理がなく、朝起きてから
寝るまで続いて全く疲れない。
むしろ満足して安眠が待っている。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 8日(火)11時10分47秒
  「日常の寂しさから、万引きに身を染める者がいます。
これは犯罪です。」と言う張り紙をスーパーで見ることがあります。

精神病患者だけでなく、普通人でもその様なことをする者が居ます。
TVで視ましたが、お婆さんが家電品をレジを通さず自分の手押し車で持って帰って、
部屋中箱のまま山積みです。これは万引きと言うより窃盗です。
年間の万引きによる被害は相当なものと言われています。
最近はお客の数よりカメラの数の方が多いところもあります。

普通人でも、何もしないで居ることは良くないのです。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 8日(火)07時42分56秒
  「キレる 自分を主張する。」
健康で楽しい生活をしている人がキレるであろうか。
その通りであります。

神経症を治すのは非常に難しい。医者は薬だけ。
漢方も駄目。認知行動療法、駄目ではないです、しかし治らない。
斉藤先生は治った見本の様な人です。そしてこまめであります。
その小まめになんでも出来るところに喜びがあるのだと思います。
 

まちさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 8日(火)06時04分38秒
  貴方の書き込みは多いに歓迎です。
恐らく多くの神経症者は、かたずをのんで、私とまちさんの論争を見ているのではないですか。
同じく動きを強調するまちさんの、何処に問題があるのか。
残念ながら、大半の神経症者は書く勇気もない。
書かないから良いかというと全然違って、彼等は今日も地獄を経験している。

最悪なのは、強迫観念で棒立ちになっている人が、旅行を自慢し、
彼氏とのデートを自慢し、会社経営を自慢しと言うのがもっともよくない。
虫垂炎で入院して来たのに、自分は会社の社長だ、世界を飛び回っていたのだ、
大学は東大だとわめいているのに似ている。
お前は一体治す気持ちがあるのか、無いのなら出て行けと病院は言うでしょう。
 

また来ました 雑用は大切

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 7日(月)23時22分18秒
  私は今日斉藤先生の書き込みで、また書き込みをしようと思いました。
私は今までと同じ様に雑用はしています。

「仕事の前に体が軽くないといけない。体が重い、決意しないと動けない」
体が重いかと言うと、重たい時があります。重たいと言うより気だるい
動き始めに気だるい。これで神経症なんだと分かるのです。動いているうちに
軽くなります。
決意しないと動けない。これも有ります。

私は今も動きは止めていません。嘘を言って自然に動けるようになりましたとは
言いません。雑用は朝から晩まで一日中雑用ではありますが、例えば、一日中音楽を聴いて
居たりテレビを見たり読書は雑用だと言うのはおかしい。矢張り雑用にも種類があると思います。

生きている事が全て雑用であるなら、神経症者も生きて生活をしています。
治す事をやめて、居ることだけでは、駄目と思います。

矢張り、家の中の掃除や、外での雑用で体を動かす事が大事と思います。
 

キレる、自分を主張する。

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 6日(日)13時18分52秒
  これが神経症者に特有な性質です。
何か言うとすぐキレてしまう。汚い言葉をまき散らしながら周りを不愉快にさせる。
これは自分の心が自由でない、自分の心が自分自身の敵になっている証拠だ。
健康で楽しい生活をしている人がキレるであろうか。
キレる理由もないし、そんな暇があったなら何か他の事をしたい。

自分を主張するもおかしい。特に悟りだ、仏教だ、心理分析だで屁理屈を言いまくる
姿勢がおかしい。
健康世界では主張する必要がない。毎日順調に言っているのに、何を誰に対して
主張するのか。主張する暇があるなら他に幾らでもやる事があるではないか。

私だったら何だろうか。
良い英語の記事があったら翻訳したい。
やはり海外旅行かな。あまり人が行く所に行きたくない。
行ってあほくさかったの評判で上位はパリのシャンゼリゼ、ラスベガスが上がっていた。
かと言って特別に良い所もない。
ポイントはシーズンを外す事。出来ればインターネットで全部自前で予約すること。
 

狂気の決断

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 4日(金)17時32分55秒
  今でも悪夢として見るのであるが、神経症真っ盛りなころ、対人恐怖なのに会社で営業を
目指したこと。高所恐怖症であるのにエアコン取付業に応募したことだ。その結果は
悲劇であるのは誰でも分かる。
何故こんな無茶苦茶な決断をするか。それは神経症で追い詰められ半狂乱であるからだ。

今の斎藤は全然違う。落ち着いて平和であるから、狂気の決断をするはずがない。
今も対人恐怖の余韻が多少残るから、不必要なストレスを感じる役割は避ける。
仕事も営業なんてもっての外だ。嫌なものは避けていて一向に問題がない。
自分が得意とするものは社会に幾らでも転がっている。
神経症が治るとは、このような自然で無理のない決断ができるようになることだ。
 

何故掃除洗濯だけではいけないか

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 4日(金)07時06分44秒
  最近、掃除洗濯だけの雑用を斎藤は拒否しています。
雑用とは動きであって、それは自由な心が指令するあらゆる動きですから、
掃除、洗濯ばかりに拘るのは不自然なのです。

神経症の治療とリンクしていない動きが、無為療法が目指す
最終着地点です。
この動作に入ると急に体は軽くなり、心も軽くなって一日が早くなる。
もし掃除洗濯だけであったら、30分もするともうやる事が
なくなる。その次に何をやるか考えだしたら、そこから神経症ではないか。

真の雑用には何をやるがない。動きが全て雑用であり、
時間制限もないから、朝起きてから寝るまでの間、全て雑用を
している分けで、大変気持ちが良い。

自分が真に神経症から抜け出しているかの判定は、
① 時間が経つのが早い。
② 不安がなく楽しい。
③ 次に何をやるかは考えてない。
④ 人が何を言おうと頓着しない。
   第二掲示板の意見は完全無視だ。自分が楽しい一日を
   過ごしているなら、人の意見はどうでも良いではないか。
⑤ 自分は健康世界にいるの確信が、体の芯から伝わって来る。
 

新年おめでとうございます

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 1月 2日(水)10時27分4秒
  東京の正月の天気は完璧で、空は真っ青、強い日差しで大変寒い。
空気が澄んでいるから遠くまで見えます。
今日は、サンシャインビルで展望台から関東一円を見てこようと思っている。
私が高校生の頃は土手から筑波山が良く見えたものだが、最近は
高い建物が妨害しているのと、空気が淀んでいて見えない。
しかし三が日は空気がきれいになり、おそらく展望台から見えると思う。
あそこからは富士山がやけに近く見える。
かすかだが、伊豆半島も見える。
30年前のバブルの頃の大気汚染は酷かった。
展望台から見えるのは足元だけで、展望台の役割をしてなかった。
 

謹賀新年

 投稿者:まち  投稿日:2019年 1月 1日(火)09時08分43秒
  今年一年、皆様が健康でありますように。

雑用はただやるだけであります。

治す事の完全停止が先であります。

雑用は今後もやっていこうと思います。
 

寒い日の妄想

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月31日(月)09時16分43秒
  急に冷え込みが厳しくなって来た。こんな時は私は南国を夢想する。
東京から行ける南国は安房白浜で、ここの突端に行くと多少南国の雰囲気が
する。花を生産する農家が沢山あって、真冬でも花が見られる。ただ、実感として
あまり暖かくない。

思い切って飛行機で30分飛ぶと八丈島に到着する。ここまで来ると大分違う。
真冬でもブーゲンビリアの花が咲いている。ハイビスカスの花がホテルの庭で咲いている。
小さな公園に行ったらパンノキがあった。その大きな葉が凄い。
八丈島の気候は沖縄ほどではないが、亜熱帯を感じさせる。

東京から5時間でフィリピンのセブ島に到着する。ここまで来ると1月でも
日中の最高気温は30度にまでなる。但し夜は気温が下がり23度位に
なって風があると外でビールの飲んでいると少し寒いと感じる。

でも暖かい国は問題が多い。国全体にタガが外れたようになっていて、
国の体をなさない。日本がこれだけ発達したのも冬があってこそだ。
中国も首都を北京としている。北京は中国の中でも寒い部類に
入るがそこを首都としているのは、やはり北の人間の
方が強く、高い文化を作れるからである。
 

翻訳完成

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月30日(日)14時01分44秒
  何故突然天才になるか
http://mui-therapy.org/newfinding/sudden-genius.html
卒中、頭の強打から、突然天才が生まれる時がある。
左脳の縛りがなくなり、右脳の創造性が開花したためと説く。

ヘリコプターの窓から一度だけ見ただけで、詳細なパリの絵画
を鉛筆一本で書き上げるサバントもいる。
どんな小さな事件でも言うと、直ぐ年月日を言う。
逆に年月日を言うと、その日に何が起きたかも言う。
このような常人が到底できない芸当を、自閉症の患者がする。
一体脳はどうなっているのだろう。

モーツアルトは死ぬ直前の3か月に3本の交響曲を作曲している。
しかも全てが歴史上最高の交響曲だ。楽譜を描いているだけで、
一本に一か月かかるのに作曲までとは。メロディーは常に頭に
流れている状態であったのだろう。
天才の脳の構造に興味は尽きない。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月29日(土)13時37分29秒
  雑用をそんなに美化してはならない。
雑用はただやるだけで、そこに効能はない。




?
 

打ち込む

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月29日(土)13時15分31秒
  「ただ其の物に打ち込む姿が無一物とあります。
慧能と言う人は字の読めない書けもしないしかし、米搗きは一生懸命した。
今する事に打ち込めということです」
--------------------------------------------------

ここにまちさんの強迫状態が感じられる。普通の人は打ち込んでいるだろうか。
私は今神経症の外側で生活していますが、どの作業も打ち込みからは
程遠い。掃除、洗濯、風呂の準備、台所仕事、買い物、パソコン。
何れも、ただやっているだけで打ち込んでいない。頭は何か別の事を考えている。
翻訳の作業では、5分程、神経が集中する事がありますが、大半は
色々な考え、邪魔が入り集中していない。しかし集中していなくても仕事は進む。
健康世界ではうちこんでないのです。

一休さんが前に書き込んだ時にやはり”打ち込む”の表現があった。
禅から借りた表現も使っていた。こんな美辞麗句は、書いた人の
心の状態が良くないことを物語っている。

繰り返しますが、雑用療法はよくない。雑用をそんなに美化しては
ならない。雑用はただやるだけで、そこに効能はない。
やるだけに価値があるでしょう。それ以上説明すると、
そこから神経症のぐるぐる回りの世界が始まる。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月29日(土)09時08分36秒
  昨日は拭き掃除をしました。掃除機掛けだけより拭くとサッパリします。
グリンピースの苗の植え付けをしました。それと倉庫の修理をしました。

急に寒くなりました。風邪を引きそうなので葛根湯を飲みました。
今年の正月は寒い、正月らしい気候になるようです。
雑用を遣ったと言う達成感が悟りであるように思います。
最初から、取引ではなくした後の気持ちが悟りと思います。
判定をしない自然行動が良い。ただ其の物に打ち込む姿が無一物とあります。
慧能と言う人は字の読めない書けもしないしかし、米搗きは一生懸命した。
今する事に打ち込めということです。

人間であるので、何かした後思うのは普通人でも思います。
拭き掃除をしたら、サッパリして気持ちが良いといいます。

美人の女性と話をすれば気持ちが良い。美人でスタイルの良い女性は
視ているだけでも、良いです。

しかし神経症最中の時は美人でスタイルの良い
女性を見ると、怖い感じがして避ける様になります。しかし買い物では
生活感が出た女性ばかりのような気がします。人間食べること=生きること
の現実を見るようです。

今まで買い物に行って美人でスタイルが良い女性
を視たのは一回だけです。彼氏とデートの帰りなのか知れません。
買い物に来る女性は普段着で化粧も(薄化粧)しない人ばかりのような気がしますです。
しかし、其処に女性の魅力が在るのかもしれません。
矢張り服装が変われば、ガラリと見た目が変わります。これは男性でも女性でも同じことです。
 

謝らないとならない。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月28日(金)13時49分41秒
  私は今から半年前は、雑用を支持し、私も熱心に雑用をしていました。
しかしあの時は斎藤自身がフラッシュバックを経験している時だった。
フラッシュバックとは先祖返りみたいなもので、無為療法の主が神経症の
患者になってしまっていた。

でも幾ら雑用をやっても、後ろに迫る不安が払拭できない。むしろ
高まってくる。これはおかしいぞと気が付いた分けです。気がついても狂った
脳は暴走する。でもここは一番、人生の最後の賭けとして、療法を
全部止めてしまえとばかりに、雑用療法も停止してしまった。
その後も、雑用療法を開始しろの私の神経症脳は、やんやの催促を
して来た。しかしやらなければ斎藤の人生はないと覚悟して、きっぱりと
あらゆる療法を拒否した。

そしたらどうだろうか。急に体が軽くなった。掃除を今まで一日に
3回もやっていたが、それを止めて一回しかやらないが、一向に困らない。
今まであった背後に迫る恐怖、不安、鬱がきれいになくなって、
健康な自分があるではないか。

ああ、これだなと思った。その瞬間に、まちさんとの雑用ごっこは止めになった。
貴方を裏切った形になったが、事実は事実であり、
真実を伝えない事は犯罪になる。

もう、雑用の効用は説かない。雑用は結果であって目的ではない。
強迫観念がきえると体が自然に動く。これが真の雑用であって、
効用を期待した雑用は野狐禅になるでしょう。
 

神経症

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月28日(金)10時44分35秒
  幾ら何を言おうが、所詮ここで書き込みをすると言うことは
神経症者です。普通人がここに来て書き込み等しません。

最近はスマホでネットを見ているが、ここに書き込みはしません。
みている者は居ると思います。140人見ているが、神経症者とは限らない。

実は私は無料のカウンセリングをしています。特に女性の人希望です。
何故かと言うと、中には鳥の囀りに似た声の女らしい声の女性が居るのです。
それでしているだけです。如何しましたかと尋ねられても答えません。
其れよりカウンセリング者の生き方が聞きたいのです。

先生は最近、治す努力の完全停止を強調されています。
私がここに来たときは雑用(動き)を強調されていました。
これ以上言うと屁理屈に成りますので書きません。

私もかまぼこは好きですが料理を知らない。そのまま食べるだけです。
矢張り醤油と酒で煮るのでしょうか。正月にはかまぼこが沢山出ています。
 

雑用書き込み大いに歓迎

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月27日(木)14時29分54秒
  そのイチゴひょっとしたらGMOじゃないの。遺伝子組み換え商品。
ハワイに行ったとき、チャイナタウンでデカいイチゴを見つけた。値段も猛烈に
安い。買ってきてホテルで食べたら大味で、まずくわないが、ピリッとこない。
アメリカはGMOがそこいら中にある。
あんなデカいイチゴは遺伝子組み換えしないと出来ないでしょう。

雑用。今朝は、何時もの分けあり店に行ってきた。かまぼこ始め
正月商品を売り出していた。私はかまぼこが好きで、値段が安かった
から買って来た。

私はしつこい水虫で困っている。症状は大したことないが、薬をぬらないと
すぐ水虫は戻る。そこで、靴を履かないのに水虫が解決できないのは
ひょっとしたら靴下を履き続けるためではないかと考えて、靴下はやめて
レッグウォーマーを使う事にした。指先は常時空気に曝されている。
果たして問題解決になるか。

最近はキャッシュレスを実行している。大概はクレジットカードで済ませる。
時々現金を支払う時、なんと面倒なことだと思うから、キャッシュレスは
便利だと思う。ただ、災害時には役立たない。
それと全部スマホに移行したら、スマホ嫌いの斎藤は困ってしまう。
 

思う事

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月27日(木)12時20分12秒
  昨日スーパーに行きました。
80歳過ぎのお婆さんが居まして、買い物籠に
梨を2つ入れているのをみました。今頃梨があるのかと思いました。

自分も梨を探してみました。その梨は消費税込みで400円でした。
お婆さんが買うなら自分もかってみようと思い試しに買いました。
大きさも普通の梨の一回り大きいです。やはり梨は梨の味でした。
美味しい梨でした。又買うかと言えば買わないでしょう。
イチゴは今まで見た事も無い大きなイチゴが最近出ています。
特に今年のイチゴは大きい。普通大きさの4個分位ありました。
 

不思議でなりません

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月27日(木)09時30分35秒
  「その方が治る可能性があると言われても、消えていく、不思議でなりません」
-------------------------------------------------------------------------

神経症者と斎藤の最大の違いは、改善しながら神経症を克服するか、
改善と言いながら、何十年も無駄をして来た自分に気が付くかの違いです。

もう一度、神経症は重大な精神障害であると言う言葉を咀嚼してもらいたい。
治るとは狂いからの脱出であって、狂いの中での進歩とは違う。

まちさんは今の自分を肯定しながら問題解決を試みている。
それは何十年やっても無駄なのは、貴方自身が証明しているでしょう。
今の自分を肯定する先には人生の展開はない。
それが嫌なら、今すぐ自分を否定しないとならない。

否定とは療法の停止であり、”雑用だ動きだ”のガラクタを全て頭から
放り出し、療法の完全停止です。
何故なら、健康な日本人で療法をしている人は誰もいないからだ。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月27日(木)09時13分12秒
  ここの昨日の閲覧者集は約140人でした。
結構な人が見ていると思いました。
 

「無」の雑用

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月27日(木)08時18分21秒
  神経症はこの世の地獄、他の精神病も沿うと思います。
斉藤先生は地獄の救い主と言うか、神経症のその道の専門家であります。
その方が治る可能性があると言われても、消えていく、不思議でなりません。

このHPの主であるのです。その人は遊びで神経症をしているのであるなら話は別です。
遊びで神経症をしている人は既に治っているのです。
斉藤先生を信用していないのでしょう。自分は動き、雑用は大切と思います。
今後も動きを書き込んで行こうと思います。
斎藤先生に治る可能性があるといわれた人間は、治る確率は80%あるであろう。
 

まちさんが助けてくれたこと

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月26日(水)09時51分25秒
  殆どの神経症者は第二掲示板に書く人達で、私は返事する気になれない。
まちさんは神経症が解決してないが、方向が無為療法に
一致しているので丁寧に返事を書きます。

まちさんがいなかったら、私はあくびをかいて、毎日英語ばかり書く事に
なり、神経症の掲示板でなくなってしまいます。
この書く事がなくなるが神経症が治った証明であり、私としては満足
している。

神経症者は毎日地獄ですよ。一体彼らは何をしているのだろうか。
私は以前神経症が治る前は、毎年暮れになると、ドアに飾り物をかけて
新年の願をかけたものだった。
神経症が治った今、そんな事はしない。

神経症の時は年賀はがきの数が減って来るので、悲観した
ものだったが、今は関係がない。次第に人々は年賀を書かなくなった。
私もその内に書くのを止めようと思っているが、今は数通だけ書いている。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月26日(水)09時06分7秒
  「神経症が治った人は誰も命綱を要求しない。」
「多分ダメでしょう」
これは正しいと思います。しかし、其処に屁理屈がでるのです。
これが神経症者です。道を求めるな、確かです。

では如何するか、一日をただ動く、雑用をする。出来ることをする。
何も考えないで、動く。一日が雑用であります。目配せが雑用になるには
私には、未だ程遠いのが現実です。

音楽を聴いたりも雑用です。
また座って外を眺めるのも雑用です。今、山茶花が咲いています。
冬の花です。剪定は3月頃とありますが、今回は間違えてしたため
花が少ない。自分の所の山茶花は、他所のより花が沢山咲くと自慢しています。
枝全部に隙間無く赤い花が咲きます。矢張り樹も人間にも特徴があるように、
同じ物でも特徴があると思いました。
 

多分ダメでしょう

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月24日(月)14時20分2秒
  神経症を治すとは、溺れかかった人間に綱が投げられて、その綱を投げ返す行為
なのです。神経症者の殆どは30年以上も水の上で溺れかかっている。
投げられる綱を全て試して全部失敗したが、次の綱を待っている。

その綱を全部拒否したら体が浮いた。これが現在の斎藤であり、他の神経症が
治った人達である。
神経症が治った人は誰も命綱を要求しない。
日本の1億2千万の人達と同じように、綱は最初から必要がなかった。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月24日(月)09時10分32秒
  「自分が最も信頼する武器を
手放した時であった。神経症者に取って自分が信頼する武器を手放すとは、
命を取られるようなものだ。でも命を取られるほど恐ろしいからこそ、
手放さなければならない。」

「雑用には感動しない。感動しないが常に何かをしている。」

この状態に持っていくには、兎に角動きが要ります。
頭で考えても駄目です。自分は昨日は耕運機のキャブのオーバーホール
をしました。出来るように成りました。動けなくなった時が、終わりです。
動けば飯が旨いこれにつきます。今後も動けるように意識を向ける以外無いです。
自分の場合、自然に動けるのを待っていたら、治ったら動けるでは駄目と思います。

ぶらぶらしている普通人は沢山います。一つの例がギャンブルです。
彼らは雑音は無いが、夢中になって遊んでいます。
 

武器を手放した時

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月21日(金)13時37分2秒
  私が最終的にフラッシュバックを脱出したのは、自分が最も信頼する武器を
手放した時であった。神経症者に取って自分が信頼する武器を手放すとは、
命を取られるようなものだ。でも命を取られるほど恐ろしいからこそ、
手放さなければならない。その結果、翌日から斎藤は別の人間になって、
まちさんには雑用で一切妥協しなくなった。

まちさんの問題は、自分の愛用の武器を手放す決意がない事。
即ちまだ神経症である事を暗に要求している。
その結果、私は数か月前にフラッシュバックを脱出しているのに、まちさんは
雑用を開始してからもう1年経つが改善した状態に止まっている。

改善したとは、一休さんがしばしば言っていた。鈴木に入院したお蔭で
動けるようになったと。しかし、それは嘘で、現在は動けなくなっている
ことでしょう。

神経症が治るとは、自分が生まれかわるのであるから、改善ではない。
改善を言い続けていた自分の狂いに目が覚める事である。
目が覚めるのに半年も1年もかかるのがおかしい。
目が覚めると、翌日には別人になっているはずである。
雑用には感動しない。感動しないが常に何かをしている。
感動的出だしではないが、何か今までとは違っているように感じる。
これが神経症の治りだ。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月21日(金)09時03分35秒
  『動けば治ると突っ走るのが神経症と言う精神病です。
動いても治らない。
ならどうするか。どうしたら治ると言う、狂いを停止するのだ。』

神経症を治す方法抜粋
翌朝出勤するにあたり、あらゆる恐怖を撃退する武器を携行せず、丸腰で家を出る。

これに当たると思います。雑用を武器にする。丸腰で一日を終わらなければ成りません。
武器の自慢話、其れが良くできたとか、嬉しいとかは全て武器の自慢話です。
武器の性能を語るのを止めろと言う事でした。武器を捨てろということです。

其れを捨てろというのが、丸腰で行けです。最近先生が言われたことではなかったのです。
雑用が治す方法になるのです。しかし、今年も10日ですがこれで8ヶ月雑用を意識してしました。
雑用が武器であるなら、この武器は最強の武器でした。私はこの武器を捨てろといわれるのが辛い、
ところがあります。しかし、雑用は武器ではないのかもしれません。雑用と言うからいけないのであって
「無」と言えばよいのです。治す為の雑用ではない雑用です。

樹木の刈り込みをしたことを書きましたが、
今までは、樹木に負けていたのです。樹木の先というか頭は
可也高い。はしごに登って、怪我でもしたらと
思って居ました。要するに樹木に負けていたのです。

其れが、頭の回転が利くようになったのです。高枝バサミに鋸を付け刈り込みをすれば良い
と気が付いたのです。高い所から落ちたら大怪我やどうなるか分かりません。
其れが出来るように成ったということは、自分の考えが変わりました。

治った治らないは別として、今までの雑用が自分にはプラスでした。
真剣に雑用をしました。真剣にすれば身に付くものはあります。
動く癖を付けることで、体が軽くなるのは確かです。
療法の停止は必須であります。その上での話です。
 

動き

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月20日(木)15時00分13秒
  「動けることを異様に喜ぶ風潮が頭にある内は、病気であります。
狂った脳からの脱出であります。私は動けることが嬉しいので、
まだまだと思います。
しかし、今までの様に動かない自分は廃人でした。」
--------------------------------------------------

私は異性恐怖であったから若いころは美しい女性の前で、
楽しく話せた時などは飛び上がって喜んだ。あ、やったー、異性恐怖が
治ったと。これは狂いでしょう。何でそんなに喜ぶのか。その日の内に
元の異性恐怖に逆戻りになっている。

動くだなんて動物の本能であり、動けて喜ぶなんてのは、狂いの
最たるものである。日本の1億2千万人の人達で動いて喜ぶ人なんて誰もいない。
じゃあ、動かないで神経症が治るかと言われれば、天井見ている状態では
希望はないね。ある程度は意図的に動かなければ。

でも、動けば治ると突っ走るのが神経症と言う精神病です。
動いても治らない。
ならどうするか。どうしたら治ると言う、狂いを停止するのだ。
健康な人で療法をやっている人はいない。
ただ、何かをしているだけで、それで良くなったと言う人はいない。
社会はそれでも日夜前進している。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月20日(木)12時19分49秒
  今日は言うことはありませんが、昨日はゴミ出しをしました。
ゴミを分別して出しました。これも目配せも同じことです。
勿体振って喜ぶのが神経症です。其れが今まででした。
今日は買い物に行こうと思います。

動けることを異様に喜ぶ風潮が頭にある内は病気であります。
狂った脳からの脱出であります。私は動けることが嬉しいので、
まだまだと思います。
しかし、今までの様に動かない自分は廃人でした。

斉藤先生は神経症を治す専門家であります。
 

雑用療法の間違い

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月19日(水)11時29分18秒
  神経症脳は強迫脳であり、意図しなくても療法を開始してしまう。
斎藤もフラッシュバックに入ると雑用療法をやっていた。あの時はまちさんと
一緒に、雑用ごっこをやっていたわけです。互いに意見が合いましたね。

あれじゃあダメなのだ。神経症を治す確率は100万分の1であるから、
まちさんがこれが良いと考えるのは、全部ダメなのだ。

今は斎藤はフラッシュバックから見事に脱出して、健康世界にいるから
まちさんに意見を合わせることはない。
私は第二掲示板の意見に対して投稿もしない。
病人と同じ水準で話をするのを拒否する分けです。

で、まちさんが神経症が解決してないにも関わらず第一掲示板に
掲載出来るのは、動きを重視していること、斎藤の方向を凝視している
ことです。第二は狂っちゃってもう、手が付けられないではないですか。
キチガイにつける薬はない分けです。
彼等の人生はゴミで終わるのであって、勝手にしろと言いたいです。
 

雑用療法

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月19日(水)10時01分5秒
  犬さんの意見は分かりました。
しかし、自分は今まで来た遣り方が間違いであったのです。
雑用が神経症を治すというのが間違いでした。
今から出直しの気持ちでいこうと思います。治す事の完全停止です。

斉藤先生がもしも、ポストは白いと言われるなら白いのです。
先生に逆らったり、悪口を言うのであれば、そう言う人間は、治らずの神経症者です。
斉藤先生へ、今後も今日したことを書き込みしたいと思います。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月18日(火)18時02分2秒
  今日は農機具倉庫の整理整頓ゴミ出し続いてしました。
略終わりました。

趣味のステレオ鑑賞はしています。
LUXMAN L-570 は気に入っています。純A級アンプです。プリメインで上級機種です。
TANNOY Berkeleyも良いと思っています。エッジは自分で張り替えました。
DENON DP-59Lプレーヤーも最近調子が良いです。KENWOOD L-02Tも調子が良いです。
買い替えはしないでこれで行こうと思います。
 

グダグダ言わない

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月18日(火)11時09分59秒
  「神経症脳を持ったわたしたちは、地獄の中で生きるほかありません。
この認識において、安らぎが得られます」
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↑全くの嘘です。この人死ぬまで不安と戦って生きる。しかも生活の質が
悪く、自分にも他人にも迷惑をかけまくって死んでいく。

同じく神経症脳の持って生まれて来た斎藤は、殆ど健康な人と同じ境遇で生きている。
一々上のような屁理屈を言わないのだな。

幾らでもやる事あるではないか。
私は今毎日の公園の散歩から戻って来た。
公園では保育所の幼児が遊んでいて、それを見るのが楽しみです。
昨日は雨が降ったので、自転車の後輪のブレーキが音を立て始めた。
やばいと思って今日自転車屋に持って行って、油をさしてくれと頼んだら
もう少し大丈夫でしょうと言われた。

所で市場から買って来た魚を全部食ってしまったので、近々また足立市場に
行く。市場の魚は美味しいから、一度買ったらもうスーパーの魚は買わない。

玄米ですが、我慢して食べていたらその味に慣れて、最近は白米を
食べる気がしなくなった。玄米の上手さはその栄養と、モチのような粘り気
でしょう。普通の玄米がなくなったら、今度はもち米玄米に挑戦します。

このように健康な生活は、不安がどうの、不安と共に生きるのがどうのと、
グダグダ言わないのです。健康な人は忙しい。
病人に調子を合わせて会話なんて、なんて馬鹿らしいことか。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月18日(火)10時13分10秒
  >安心に関してですが、森田療法では、「不安常住」という言葉があります。

人は不安の上に住んでいるのです。常住しているので、逃げるすべはありません。不安定な地盤に常住していると割り切れば、そこに新たに安心立命の境地がひらけてきます。
安心立命とは、心を安らかにし、どんな場合にも動じない精神状態をさします。いわば人が憧れる理想の境地です。
-------------------------------------------------------------------------------こ

犬さんの書き込みはこのことと同じ事と思います。
>神経症脳を持ったわたしたちは、
地獄の中で生きるほかありません。

この認識において、安らぎが得られます。

森田をしている人間はこのことは実行しています。
しかし無為療法の健康な人間に当てはまるかと言うと。
これは無為療法では当てはまらない。森田は絶えず言い聞かせです。
普通人が絶えず言い聞かせて生きているかと言うことです。
全く「無」に程遠いのです。森田療法は兎に角自分に言い聞かせて生きていく
普通人がしない生き方を教えているのです。
自分の中に、二人の自分がいる。これど正に神経症其の物であります。
 

ただ動きました

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月17日(月)17時47分0秒
  今日の雑用は引き続いて農機具倉庫の整備整頓をしました。
割に寒かったですが、今年は暖冬と思いました。
それとキッチンの拭き掃除をしました。米糠トラップを仕掛けました。
ヨトウ6匹、ナメクジ7匹しんでいました。寒くなってもヨトウムシや
ナメクジは行動するのだと思いました。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月17日(月)10時45分7秒
  私は良いお盆はないかと思っていました。
先日雑貨屋に寄ってみたら、イタリア製のお盆がありました。
値段も安かったので買いました。バラの花柄です。綺麗で良かった。
イタリア製とかアメリカ製が少ない、日本製でも少ない。服は中国製が殆どです。
東南アジア製が殆どです。矢張りヨーロッパやUSAは名声があります。

畳み半畳で、百万円のペルシャ絨毯が沢山有りました。
買う人が沢山居るといいます。最近の新築住宅は、まきストーブと高級絨毯が決まりのようです。

森田療法は3回書き込みすれば、後は消えます。
本だけが望みであると思います。
一緒に頑張りましょうです。これでは素人の神経症者です。
森田療法・治った人が出ないのが現実のようです。
神経症に成った奥さんは子供の世話、主人の世話があるが、其れが出来ないと言います。
普通の奥さんは動く、動くで有ります。それでいて病気知らずという。
人間は動く物。動物であるから動けば健康に成るように出来ていると思います。
 

気にならなくなる

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月17日(月)09時49分50秒
  「森田療法では気にならなくなると言います。
無為療法では症状が消える、無くなると言うことです」
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気にならなくなるはおかしい。治った人間の発言ではないでしょう。
神経症とは狂いからの脱出であるから、気にする事がおかしいと思う。
気にしていた自分が生まれ変わり、無駄を何時までやっているのだと
一喝する人間に生まれ変わらないとダメだ。

私は対人恐怖で異性恐怖であったが、気にしなくなったではなくて
何でくだらないことを30年間も考え続けたかなのです。
恐らく48歳の時に気が付かなければ一生考え続けたでしょう。
80歳のじいさんが、老人ホームで、最近は女性が気にならなくなったと
言ったらおかしいでしょう。もう遅いではないか。
冥途が間もなくなのに、対人恐怖、異性恐怖もないだろうに。

この異常な状態を繰り返すのが神経症と言う精神病なのです。
だから、まちさんが雑用をやってやる気が出た、人間が変わったと言うのは、
老人ホームで対人恐怖が改善したと言うのと同じレベルである。

同じ無駄を言う自分から脱皮しないとダメだ。
そうするには、療法と言う麻薬を今日この場で放棄する覚悟が必要である。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月16日(日)20時13分47秒
  >H.Nさんの書き込みは理論ばかりで実践がないんですよね。理論だけでは絶対に治らない。
私もそう思います。文が長いと言うのもあります。

森田療法では気にならなくなると言います。
無為療法では症状が消える、無くなると言うことです。

今日はTVの大きなのに変えました。半日設置に掛かりました。
 

悟りを知る方法

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月16日(日)15時50分46秒
  禅問答と言うのを知っているだろう。あれに合格すると悟りを得たことになる。
しかし、動きの極を経験したものだけが、突破できるのであって
青い顔して、天井見ている神経症者にはとても無理だ。

悟りは知識だとか思考では到達できない。合理を否定したその先に
存在する。そこに到達するには、禅なら作務と読経と寺院での生活
であろう。それでも禅問答を突破するのは一部の僧だけではないか。
 

(無題)

 投稿者:まち  投稿日:2018年12月16日(日)14時33分31秒
  道元が自分から悟ったとは言っていない。
HN氏は神経症的な考えの悟り観がある。
悟ったら神経症が治ると言い、見せびらかす言い方
は悪質である。禅宗の坊さんは誰もHN氏の話とはまるで違う。
そして、佐藤のHPに誘う。

本当に悟りを知らない人間と思う。斉藤先生がHNは神経症真っ最中と言う
のは嘘ではないと自分も思う。

『神経症を治す悟りが欲しいのか。それだったら治す努力の完全停止
ですよ。それをしないで悟りを欲しいなんて贅沢言うな。
やはり悟り、悟りを連呼する人は狂っているのだな。』

↑は先生の言われたことで、その通りであります。
 

悟りは言わない。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月15日(土)21時01分6秒
  悟り悟りとうるさく言うのは、神経症者の特徴だ。健康な人で悟りを言っている人を
見たことがあるだろうか。そんな空を切るようなことを言うなら、ほらその目の前の
ことを処理してくれと、怒鳴られてしまう。

悟りとは何を言いたいのか。
死ぬ間際に、死を克服する悟りが欲しいのか。そんなもの無理だろう。
神経症を治す悟りが欲しいのか。それだったら治す努力の完全停止
ですよ。それをしないで悟りを欲しいなんて贅沢言うな。
やはり悟り、悟りを連呼する人は狂っているのだな。
 

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