投稿者
 メール ※掲示板には表示されません(詳細)
  題名 ※管理者の承認後に掲載されます。
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


不治の病への対処

 投稿者:一休さん  投稿日:2018年 4月25日(水)18時12分25秒
  1 アルコール依存症
来年の1月に日本でも発売予定である新薬に期待するしかありません。
確率は余程上手く行っても8割です。

2 アスペルガー症候群
新宿区にある晴和病院の発達障害の第一人者とされる先生に相談する。

3 音楽性幻聴
アスペルガー症候群の患者に多いとされる現象ですが、 2により緩和された結果として、停止される事を期待するしかありません。

3 乖離性健忘
これもアスペルガー症候群の患者に多いとされる病気です。
これも2により、治癒する事を願うのみをです。

4 神経症
斎藤療法

5 鬱状態
1から4まで上手く解決された結果によるご褒美に過ぎません。
 

この世の地獄

 投稿者:一休さん  投稿日:2018年 4月25日(水)09時34分0秒
  アルコール依存症やアスペルガー症候群、乖離性健忘など、現在の所、有効な治療方法がなく、完治が出来ないのです。

だから鬱状態なのです。

アスペルガー症候群については、報告、連絡、相談で対処しようと考えています。

乖離性健忘に対しては、これからは日記を書くことで対処しようと思い着きましたか、その旨、アルコールの主治医に相談した所、それは強迫になるので止めたほうがいいと直ちに却下されました。
 

この世の地獄

 投稿者:一休さん  投稿日:2018年 4月25日(水)09時09分43秒
  現在、アルコール依存症の治療の為、アル中病院に入院中です。
故に、無為療法の 三点セットである、炊事、洗濯、掃除が出来ないという、神経症患者にとってはまるで地獄の様な環境におり、退院迄の残り一ヶ月半はどうにもならないので、前回の投稿では敢えて家での雑用については触れませんでした。

入院直前まで、自分は料理が好きなので、それだけはやっていました。

ÁÁ出席しか、アルコール依存症に対する有効な治療法がなく、毎日夜に出ていました。

前日に出席しておくと、翌日は不思議と飲酒に対する渇望するような飲酒欲求のスイッチが入らないのです。

しかし、いつも通りに、前日にÁÁにきちんと出席していたのに、何故だが翌日の朝、飲酒欲求の渇望のスイッチがONになってしまったのです。

もはや、お手あげ状態となり、今回の入院になってしまいました。

話は変わり、自分は心の病を現在5個抱えています。

1 強迫性障害
2 アスペルガー症候群
3    乖離性健忘
4 音楽性幻聴(統合失調症ではない)
5  アルコール依存症
6 鬱状態
これをこの世の地獄と云うのでしょう。

現在、20人程度のアルコール患者さん達と開放病棟で、団体生活をしていますが、アスペルガー症候群と言う謂わば空気が読めない病に在る自分としては、本当に苦しい毎日です。
 

動けが先に来たら動けない

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月25日(水)08時22分5秒
  多分斎藤が神経症脱出に成功したのは、最初に神経症治療の完全停止を
宣言実行したからであろう。所がここを覗く神経症者は、神経症治療を
する手段として雑用を開始するから失敗する。

今から凡そ25年前のある晩に宇佐先生の本を読んで閃いた。
今まで30年間治す努力をして来て治らないのだからもう止めたと。
この先、生きようが死のうが治療行為を停止すると宣言したら、
体が軽くなった。雑用なんてお茶の子さいさいで、特に日曜日に
良くやった。今まで祭日が一番恐ろしかったが、その日以来、
週末が急激に忙しくなった。

身の回りが片付けられ、物事の処理が早くなり、パソコンが
上達し、ウェッブサイト作成まで進んだ。もちろん英語も
上達し今に至っている。
ここで青い顔して天井見ている人とは大違いだね。
狂っている人間と同じレベルで話すなんて御免だ。

やる事は健康世界に、幾らでもある。特に最近は日本人の
寿命が伸びた。3食食べながらの老人生活はまっぴらだ。
健康と収入の確保が急務だ。
 

(無題)

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月25日(水)06時38分12秒
  どこまで狂っていってしまっているのだろう。。
母に動けと言ったら、キレた。
斎藤先生は、こんなものをどうやったらあいてにするつもりになるのだろう。よっぽどの覚悟、信念がなければ出来ないです。
彼らは動きが連続しない障害です、、
歩くのも困難なんですw
自分勝手でヘタレる。。
ここまでになったら、もうおしまいですね。
鬱とかの研究が興味深いなあ。


 

一休さんへ

 投稿者:H.N  投稿日:2018年 4月24日(火)13時44分43秒
  神経症の治りは、治らなくとも良いと納得した時です。

森田療法での教えとは、症状の事を不問にする事だけです。


症状が在っても無くともどちらも口にしたり書いたりしないでいる事だけです。


一休さんが治らないでいる事は、『不問』が出来ないでいるからです。
 

一休さんの最大の問題

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月24日(火)08時01分44秒
  一休さんは動きを重視するから可能性があると見ていたのですが、そうではなかった。
貴方は神経症を治す手段として動きをしている。丁度鈴木に毎年詣でて
動きを研修するのと同じで、神経症を治す方便として実行している。
その底流に流れるのは、神経症を治すと言う強度の強迫行為で、
これを続ける限りにおいて神経症は治る事はなく、貴方の人生は灰燼に帰する。

私が神経症を治したのは雑用ではなくて、治療行為の絶対停止の宣言と
実行であった。所がここを覗く神経症者は最初から腰が引けていて、
治療行為の手段として雑用をやって見ようか程度であるから、全員が失敗する。
私はそんな可能性のない人間を20年も相手にしていて、もう飽きた。

それより人生短しだ。
私は充実した過去25年間を過ごしたのに対して一休さんは神経症の連続であった。
その間に私は海外旅行で、パスポートをスタンプで一杯にしたし、英語もペラペラになった。

とても神経症者相手に論争なんて、馬鹿らしくてやっていられない。
 

シアナマイド 動画

 投稿者:一休さん  投稿日:2018年 4月24日(火)03時27分54秒
  https://www.google.co.jp/search?q=https://amara.org/en/videos/VcN2goz6XHzh/ja/2065341/&client=ms-android-freetel&prmd=insv&source=lnms&tbm=vid&sa=X&ved=0ahUKEwjMuY7v_9DaAhXIJZQKHV63AjMQ_AUIFCgE&biw=360&bih=302

http://https://www.google.co.jp/search?q=https://amara.org/en/videos/VcN2goz6XHzh/ja/2065341/&client=ms-android-freetel&prmd=insv&source=lnms&tbm=vid&sa=X&ved=0ahUKEwjMuY7v_9DaAhXIJZQKHV63AjMQ_AUIFCgE&biw=360&bih=302

 

先生、お久しぶりです!

 投稿者:一休さん  投稿日:2018年 4月23日(月)23時36分20秒
  無為療法の大前提として、最初に全ての治療行為の完全停止(解決の目途さえ着かないであろう精神葛藤のジレンマに対してすら、幾ら苦しくとも自ら手当てをしては成らないし、他者が善意にせよ、相談に乗るのも患者の為にはならない)と言う物があります。

それをすればする程、恐怖が更に拡大されて仕舞うと言う悪循環になるからです。

医療では、例えば胃痛に対して、医者は当然、薬を出すなりして一刻も早く、患者の苦痛を取り除こうと手当てし、患者はそれを当然とします。

しかし、神経症は医療の対象ではないのです。

神経症とは手当てをしたら、寧ろ結果は逆になるという、常識の通じない怪物なのです。
仕事なり、何か全く別な事をして、無視を決め込むしか、残された道は無いのです。

言うまでもなく、我々は神経症を治す為に産まれた訳では無く、己の力をこの世で試さずにはおれない生き物です。

大抵の問題は、努力で何とか成りますが、神経症に関しては、全く無力なのです。

であれば、このホームページを見てはならないし、質問もだめ、投稿も駄目なのです。

事実、自分は数ヶ月前に投稿して以来、一切見ていませんでした。

今回は全く別件で久し振りに投稿する気になりました。

それはアルコール依存症問題です。
自分は16歳から神経症に苦しみ、生活の発見、慈恵医大関係の本の乱読、散歩、座禅、合宿での農作業等、思いつく物はなんでもやりましたが、益々深みにはまり、ノイローゼを悪化させました。

二十歳前半に鈴木診療所に半年以上入院し、その後、対人恐怖にも関わらず、建設会社の営業で新卒で入社し(生活の発見の指導に遵った)、その間の10
年間、鈴木診療所に作業をする為に通いながら働いていましたが、最期は鬱で通うことが出来無くなり、退社しました。
また、実は1件も受注したことも、恥ずかしながら無いのです。

それから飲食店のアルバイトで、なかいと言う丼屋で、数年間働きましたが、結局は治り切ることができませんでした。

,そして最期の最後までとうとう残ってしまった、或る強迫観念が、実は数年間の引きこもり、及び、アルコールの連続飲酒後に職業訓練学校に嫌々ながら配管工として、   1年間の実習をしている内に、いつの間にかどうでも良くなった自分を発見しました。

いま、53歳ですが、失われたプー太郎だった10年間以上の歳月が残念で残念であると同時に、最近そら恐ろしくなり、寝ていてもうなされるのです。

もう眠いので、今晩はこの位にします。

明日は、アルコール依存症の特効薬らしい薬であるナルトレキソンの動画のurlを貼って置きます。
 

反論

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月23日(月)15時11分12秒
  健康世界の人間に反論してしまう。
健康な人間は生活を楽しんでるのに、
反論して、正しいと主張して、
しかし生活は崩壊している。
なんと恐ろしい精神病。
 

斎藤先生へ

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月22日(日)17時32分51秒
  私は嘘が嫌いでして、
健康でないのに健康である
ふりをしていません。
ですから、私が人生を楽しんでるのは
事実です。
事実に反することを私は最も嫌う。
 

ハードに30%、ソフトに70%

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月22日(日)16時55分28秒
  知り合いの子供に統合失調症の患者がいる。彼はもう45歳を過ぎているが、
最近状態が悪く自殺を真剣に考えている。親は恐ろしいと言う。
実際統合失調症では自殺率が高い。

しかし神経症は違う。統合失調症はハードに問題が起きているのに対して
神経症ではハードに30%、ソフトに70%位の割合で問題が発生している。
私はそのソフトを書き換える事により、これほど健康になった。

今日も森田療法を読み、あるがままなんて唱えていると、そのまま神経症で
一生が終わってしまう。精神病とは恐ろしい病気だ。
 

精神病は苦しい

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月22日(日)15時22分18秒
  今日は暑いですね
公園に行ってきましたが、楽しいですね。
健康な人間は花を見て楽しんでる。
犬を散歩に連れてる人もいます。
私、思うのは精神病は苦しい。
健康は身体が軽い。楽しい。
本当に精神病は地獄ですよ。
 

翻訳完成

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月21日(土)20時17分38秒
  抗鬱剤と離脱症状 ニューヨークタイムズから
http://mui-therapy.org/newfinding/antidepressant-and-withdrawal.html

抗鬱剤の離脱症状がこれほど激しいとは思わなかった。
神経症者に時々薬の話ばかりする人がいますが、この人達には
重大な結果が待っている。
まだ、神経症、鬱病の病理はまるきり分かってないのです。
セロトニンを増やせば治るようなそんな簡単なものではない。
ご覧のように私は薬は一粒も飲まないでこのようにピンピンになった。
 

スマホ議論

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月20日(金)11時59分35秒
  スマホについて意見を述べたらやはり神経症者は食いついてきた。

> 電車の中で皆スマホを見ている光景を見ると、地下鉄の全線で
> スマホの接続を停止したら世の中良くなると思った。------ 斎藤

どうしてスマホを停止すると世の中が良くなるのですか?-----神経症者

スマホが問題なのではなくて、貴方の神経症が問題なのだ。
神経症を治さなかったら人生は破綻してしまうではないか。
神経症とは一日中議論を自分の頭の中でしていて、動きが停止している。
それはまずいから、雑用を開始しろと私は言うが、スマホ議論に
入って来る。
 

健康世界

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月19日(木)16時04分43秒
  うーん。斎藤先生は強迫行為を
治す場所を提供しているのであって、
無駄話をしようとしているのでは
ないと思います。
精神病を治し健康世界へ。
そのためにこのホームページは
存在しているのです。
健康世界は楽しいですよ。
人生楽しんでほしいな。
 

色気

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月18日(水)13時09分50秒
  色気が出てくると言うことは
物事の見る目が深いのではないか。
斎藤先生の色気は神経症治癒
と同時に物事を見る能力が
高くそこに他人が魅了されるのである。
 

最近思うこと

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月17日(火)18時43分56秒
  別にこちらから売り込んでいる分けではないのに、電話がかかって来る、訪問する人がいるで、
私、元対人恐怖の患者としては最近の自分の変化に注目している。

恐らく、私の動き、表情、行動に色気があるのだろう。
色気とは相手から見てセックスアピールがある事です。色気とは他人から見て
何か魅力を感じる顔から出るオーラみたいなものです。

これを感じて人は寄って来る。寄って来た人に適切に対応するから
その人は繰り返しくる。すると電話や訪問が自然に増える。
これが健康、即ち神経症が治った事実にあらずして何だろう。
 

たのしい

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月17日(火)13時56分0秒
  動くのは楽しいですよ。
正しいなんて主張してる暇はないですよ。
しかし書き込みが少ないね。
治った人間がいるのがすごいことなのだから、
神経症の方は雑用しましょうよ。健康世界は
雑用の世界ですから。
本当に正しいとか主張してる場合じゃないですよ。

 

ただ動くができない。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月13日(金)20時23分46秒
  ただ動くは無意識が命令している動作です。この無意識がほとんど死んでいて、
意識が猛威を振るっていたら誰も動けなくなってしまう。

神経症が治った人では意識は単に背景に引き下がっています。この世界では
意識が「無」であるからあまり考えていないのです。でも無意識も我々の
脳の指令系統であるから、我々が必要とすることを処理してくれる。

何と楽ちんな世界ではないか。何処かで青い顔をしながらやるべきをやる
なんて唸っている人とは天地の違いだね。
 

質問

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月13日(金)16時14分39秒
  質問しないでただ動く。
精神病になるとこれが
何と難しいことか。
不自然な生き方に
なってしまうのだ。
しかし健康な人間は
自然である。
一人でも精神病を
抜け出す人間が出てくることを
願ってやまない。
 

寝る

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月12日(木)17時12分39秒
  寝るは神経症を治す上で、重要は要素なのです。
神経症とは脳の暴走であり、脳は一つしかないから暴走が始まると手がつけられなく
なる。この暴走を唯一押しとどめるのは睡眠で、睡眠をすると朝には昨日の暴走が
停止していることがしばしばある。だから、私は余り苦しかった日は早めに寝ろと言っている。

すると、睡眠が効果があるとかないとか神経症者の議論が始まる。この連中は
精神病の患者であるから、その手の論争には加わらない。
ただ早めに寝て、朝起きたらサッと布団を片付けて、朝食の準備から出社まで
どんどんやれと言う。

生卵の割り方と温泉卵の割り方を朝の忙しい時に議論するのは
頭がおかしくなった人だけだ。子供が森田療法と無為療法の違いが
分かるまで公園に行かないと言っているようで、これはもう重症なのです。

 

一休さんへのいい方法を

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月12日(木)13時39分26秒
  想像してみてはいかがでしょうか。
昼寝して、夕飯食べて、夜寝て、朝起きる
これをすれば奇跡が起きてなおるかも。
雑用にてをつけるのは、難しい。けど、寝るなら簡単だ。
 

身の回りの何かをすること

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月12日(木)13時35分49秒
  この重要さは神経症が治るまで分からなかった。対人恐怖を治すと言う人生最大の
問題を考えている時に、身の回りの事など気にもかけなかった。
所が神経症が治って見ると身の回りがこざっぱりしている事と、対人恐怖が
治る事が=でつながっているのが分かった。
もちろん=を有効にするには、治療強迫行為の完全停止が前提なのであるが。

この治療強迫行為の停止の意味が最後まで一休さんには分からなかったらしい。
彼は今もこの強迫行為が止まっていないと見ている。
だから神経症者が身の回りをこざっぱりさせたいと思うなら、まず治療と言う
強迫行為を完全停止するのが大前提になる。
 

(無題)

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月12日(木)12時31分17秒
  心を病んだ人は何してるんだろう。
私はいつから精神病を患っているか、覚えてない。
でも、すごく小さな頃からだ。
体が動けば気持ちがいい。
状況がわかればすっきりする。

動きが止まる病気だと言うのは、本当のこと。
気持ちよく行動ができない。
 

その通り

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月11日(水)22時42分57秒
  治った人間の文章は力強い。
健康とは力強い。
これは歴然とした事実に他ならない。
 

力強さがない

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月11日(水)11時25分57秒
  神経症者の書き込みを読んで感じるは力強さがない。
健康な人には力強さがあり、直ぐ立ってどんどんやり始める。
健康世界ではぐずぐず言う人間を最も嫌う。
ふにゃふにゃ抽象的な言葉を並べている人間とどうやって一緒に生きて
行くのか。

生きるとは動きなのに、奇跡、前世、今世、来世、永遠と空しい言葉
ばかりが連なる。
こんな人間が親だったら子供が育たないではないか。
子供が無為療法と森田療法の違いが分かるまでは
公園に遊びに行かないと言い始めたら、この子の将来は精神病院行きになる。
 

雑用をして喜ぶとは

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月 7日(土)15時06分3秒
  神経症を治す手段として雑用が有効と言いたいのだろう。それだと間もなく鬱状態に
なる。神経症とは、強迫的治療行為を生涯続ける病気であるから、この間違いを
しばしばする。

もちろん雑用がリズム良く出来ると気持ちが良いが
成功とは思わない。何時もやっていることをしただけだ。
 

(無題)

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月 7日(土)13時13分28秒
  雑用をして喜んでいるようでは、ダメだ。
神経症とは、生活ですることが見えない病気だ。
私は神経症の頃はしなかった美容をして過ごしました。


 

連続投稿

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月 6日(金)15時23分23秒
  健康な人間の雑用は目を見張るものがある。
斎藤先生もいつも指摘しているが
雑用できないと社会は
成立しない。
雑用が生きることであり、
これが出来ないと言うのは
大変なことなのだ。


 

忙しい

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月 6日(金)14時27分48秒
  健康とは忙しいことなのだ。
忙しい人間同士、調和する。
雑用している人間と雑用
してない人間の間は
断絶したものになるのではないか。
健康とは忙しいことだ。
次から次へやることが出てくる。
健康世界は饒舌な世界ではない。
健康な人間は黙々と処理している。
 

健康とは

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月 5日(木)13時54分0秒
  心の健康とは、日常の当たり前の事を何の決意もしないで、直ぐやる
状態を言うのです。それを脳の科学で言えば、情報の処理を無意識で
すると言います。簡単に言えば体が勝手に動く。

英語をしゃべるを考えると良い。文法を考え、英作文をし、
単語が正しいか如何かをチェックしとやると、全然しゃべれないのです。
英語をしゃべるとは、何も準備をせずいきなり話しだすのです。
これをするには訓練が必要であり、学校の教育はそれを妨害している。

ただ、立ち上がって何かをする、ただ話したいから話すが
最善の生き方なのです。
 

(無題)

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月 5日(木)09時43分23秒
  動き

そうですよね。
私も朝はとても暗い思考が襲ってくるのですが、すこし休んでいると、太陽みたいに心がポカポカと回復して、これが朝の始まりなのだと思いました。
雑用とは、寝る、起きて食事する、風呂入って寝るの三点セットですよね。最近よく分かりました。


 

美香さんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月 4日(水)14時21分12秒
  やはり精神病の患者には雑用が難しいようです。
健康な人には雑用と仕事の違いがないのです。仕事をやっているようで雑用を
しているし、雑用をしながら仕事もしている。大体仕事も雑用の延長のような
もので、お茶の子さいさいで簡単なのです。

神経症者はどうして仕事に拘るのか。仕事をしなければならないの
強迫観念が強いからでしょう。でも焦れば焦るほど仕事は出来なく
なります。そんな緊張した状態では、とても満足に仕事は出来ないのでは。

雑用とは言うが実際は動きです。今この瞬間に目の前の一歩が踏み出せない
人が、会社に行って何をすると言うのか。情報処理の最初が既に崩壊してい
るではないですか。

だから精神病と言うのです。
 

(無題)

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月 4日(水)12時47分40秒
  ともかく、いろんないいわけをして、動かないものです。
母は、「キッチンが狭いから料理しない」などと言ってのけたことがあります。
あそこまで来ると、同じ精神病の私も頭を捻りたくなるものでした。
普通の動きというのが、誰もわかっていません。
 

お久しぶりです。元あゆ

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月 4日(水)12時29分40秒
  母は統合失調症、父は人格の障害です。
母は間違いを犯しました。
生活よりも仕事が雑用という初歩的なミスを。
ですから、一度もキッチンに立ったこともなく、私や私の兄弟はそれで20の歳月を迎えます
健康な人は、今もキッチンで用事をしています。
たくさんの予定があります。
 

次の治癒者

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 4月 2日(月)16時10分15秒
  次の治癒者がぜひ出てきてほしい。
治る人が出てくることは明るいことでしょ。
 

神経症者と健康な人の最大の違い

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月31日(土)15時51分44秒
  斎藤と対立するか対立しないかである。雑用しろと健康な人に言ったら誰も
直ぐやる。大体斎藤が言う前に既にやっていて、処理出来ないほど抱えている。

所が神経症者は雑用をしろと言うと斎藤と喧嘩を始める。朝の忙しい時に
生卵の割りかたと、温泉卵の割りかたを議論している。
健康な人はぱぱっと片づけて、直ぐ会社へと飛び出て行く。
卵の割り方を議論している時ではないのだ。

こんな神経症者を見ると、この人達今後どうやって生きていくのだろうかと
考えてしまう。直ぐ会社に飛び出て行く心でない人間が
会社で何ができると言うのか。
 

健康とは

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月31日(土)14時44分17秒
  健康世界では雑用がどんどん進む。
精神病の世界では雑用が進まずに強迫行為を
することが人生になってしまう。
これに有効な薬は存在しない。
健康な人間はもちろん人間だから劣等感
のある一人の人間に過ぎない。
しかし健康な人間に強迫行為は存在しない。
雑用がすすみ、生活が充実するのが健康ではないか。
 

斎藤様へ

 投稿者:H.N  投稿日:2018年 3月31日(土)10時04分47秒
  意識(我)と無意識が脳内で出番争いをしている姿が、神経症とか自律神経失調症とか心を病むという状態(うつとか感情障害とか強迫観念とか強迫行為)となっています。

健常者では何気ない普段の動作の中でも、無意識が優位に動いて、働いているようです。

悟というと大げさですが、脳梁で、この二つの意識が出会う時出番争いは終焉します。これが神経症の完治になります。自我意識は二度と無意識の前にしゃしゃり出る事が無くなります。

脳内での争いが無くなる事から、脳内は何時も静まり返っています。寝起きの時でも寝る前でも睡眠中にでもです。

大変心は休まっているようになります。これは望まなくとも独りでにそうなっています。涅槃寂静という意味が大変良く理解出来るようになります。

脳内には自我意識と『命を働かせている意識』=『無意識の自分の意志』が存在しています。自分の意志『我』が優位に働こうとっする時『神経症』とかの病的な状態になっています。


『意識とか無意識とかは教えるものとは違う 』と言いながらも自分でも長い間の悪戦苦闘があって、やっと今の状態に辿り着いたのではないのでしょうか?


こう言った心の問題を教えて呉れるところが無いところに、神経症とか自律神経失調症とかが治り難く成って居たり、専門の医師であっても『神経症とか心を病むとか言った事の原因は分かりませんが、早期治療で早く良くなります。』といった宣伝文句が幅を利かせているようです。

原因が分からない人に『根本治療など出来るはずがないと思います。』が?如何なものでしょうか?
 

意識とか無意識とかは教えるものとは違う

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月30日(金)20時25分53秒
  意識、無意識は我々が生まれながらにして備わっている脳の情報処理方法であり、そんなもの
誰でも教わらないで何の不自由もなく使いこなしている。
それを一々質問して、指導者に習いながらもう一度生き方を習うみたいな事をやるから
可笑しな事になる。

一休さんが追体験なんて言いながら、鈴木に毎年詣でて生き方を習い
続けた。そんな事をする人は健康世界では誰もいない。

子供を見て御覧なさい。学校から帰って来たらカバンを放り投げて公園に遊びに行くでしょう。
あれが健康な姿であり、誰も指導を受ける必要がない。
敢えて言えば、意識と言うより、もようされて体が飛び出て行く。
考える必要がないのだ。

そんな基本的動きの一つ一つに、意識を集中してなんてやっているから自動車事故を
起こしてしまう。私はトラック運転手を20年近くやったが、慣れて来ると運転には
意識は行ってない。ただ前方を見ているだけで、あとは手足が自然に動く。

ポイントポイントで、角を行きすぎないように、道を間違えないように
しているだけだ。もし全神経を集中して運転しているとしたら、それは全くの初心者か
神経症で頭がおかしくなっている人達でしょう。



 

たくましいと言う事

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月29日(木)16時55分41秒
  たくましいとは生きる力だ。生きる力とは教育程度とか、頭の良し悪しと関係がない。
生きる力とは動物生物全体に共通している。
健康とはたくましい事なのです。例え気が滅入る事があろうと、失敗しようと、
直ぐ我に返り何かを開始するばねみたいなものだ。

犬でも猫でも、当座の動揺があっても直ぐ何かを開始するでしょう。
あれを雑用と言っているだけだ。
健康なお母さんもたくましい。青い顔してじっとしている人なんかいやあしない。

今、サンダカン8番娼館と言う小説を読んでいますが、15歳で娼婦に売られて行った
少女たちがボルネオのサンダカンでたくましく生きている様を描いている。
悲しい事に彼女達の大半が21歳を迎える前に死んだらしい。

私はサンダカンに未だ行ったことがないが、コタキナバルには一度行っている。
コタキナバルから飛行機で40分の所にサンダカンがあるが、今は昔の
話で、彼女達のお墓があるだけだろう。今も昔もセックス産業が
華々しく、人は余り変わらない。
 

お母さんやお父さん

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月29日(木)14時43分59秒
  子供を育ててるお母さんやお父さんの
逞しいこと。
お父さんやお母さんは論争などせずに
子育てをしている。
たまに感情的になるお母さんを見かけるが、
すぐに動き出す。
まさに健康とはこういうことを
言うのだと思う。

主婦やサラリーマンは今日も
物事を処理して生活している。
 

日本人と英語の話はしたくない

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月27日(火)09時01分32秒
  どうしてか日本人と英語の話をしていると不愉快になってくる。出来ないヤツが無理して英語の
講釈をするからだ。それに比べて外人は英語を話していて難癖を
つけないし、懐が深くてどんどん先に進む。特にネイティブと話しているとその話の深さに感激
する。

カナダのバンクーバー島に住むカナダ人は、最近不動産の値段が上がって地元の
人は買えなくなったと言っていた。毎月決まった日に政府は生活困窮者に一時金を
払うらしい。その翌日には死亡事故が急激に増えると言う。麻薬に走り飲みすぎで
死んでしまうのです。

多くのネイティブスピーカーは母国から離れて生活している。例えばタイに生活している人がいて、
DMM英会話で会話の先生をするのが手っ取り早い収入の道らしい。少し安いが母国より
物価が安いから十分と言う事なのであろう。ただし、彼らの顔には疲れが見える。
太陽があまりにも強いのだ。白人の皮膚には耐えられないらしく、それが疲れとして
顔に現れる。

話は違うが日本人と英語の話をしたくないのと同じ理由で、神経症者とも話したくない。
日常の生活が崩壊している人と雑用の話をしてもまるきり通じないし、
株の話をしても空しい。

やはり話をして楽しい人は、生活が充実している人達です。
外人は英語で生活ができるし、健康な人は生活が充実している。
実力、健康と言うものは良いものだ。

 

キューポラのある町を見て感動しましたね。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月26日(月)19時58分42秒
  川口は私が生まれ育った土地を川を隔てて向こう岸であった。私と同じ年代の吉永小百合が
土手を駆け巡っている光景を見て、ああ、あれを斎藤が同じ場所でやったではないかと感じた。
小百合が悲観して土手から降りて鉄橋下の草むらで思いつめるシーンがありますが、あそこにも
いった事があった。当時は産廃業者が動物、あるいは人間のお産の廃物を持ち込んで
投機していたらしく、その腐敗臭が凄まじいこと、その中へ小百合が走って行った。

映画で当時の川口が出てきますが、未だあちこちに雑木林が残っていて私が思い出す光景
に一致していた。あの川向うの景色は東北まで続く延々とした田園風景で、
それが環七が開通してから一変してしまった。今は田んぼの田の字もなくなって殺風景な
光景だ。

現在の光景がどうなっているかグーグルストリートビューで見たら、道そのものの輪郭は変わって
ないが、単なる家並みだけで子供の頃の風景が懐かしい。
 

日本の古い映画

 投稿者:イマピ  投稿日:2018年 3月26日(月)19時42分42秒
  私も日本の古い映画は大好きです。あの昭和の風景、街並みが映っているものが好きです。日本は天井に来たんでしょうかね。  

精神病の患者と争う分けに行かない

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月26日(月)16時58分1秒
  ここは精神病院であるから、精神病の患者と争う分けに行かない。先ほど英語を書き込んだ
人は、第二掲示板に書き込んで下さい。あそこは原則自由だから、言いたい放題書けば
よろしい。但し、脅迫を匂わすもの、個人のプライバシーを侵害するものは削除する。

今、元の名前、海さんがやたら書き込んでいる。独り言の連続だが私は一切干渉しない。
ただし、一人で連続10回に迫る時は古いものから削除している。
単なる強迫行為であるから、その人たちのプレイグランドを提供する気持ちはない。
 

無意識

 投稿者:あるがままの世界  投稿日:2018年 3月26日(月)16時04分30秒
  このHPで、無意識と繰り返すから、鵜呑みにする神経症者が運転を実行して事故を起こしたものがいた。
こういう記事はあらためるべき。

 

丸出し

 投稿者:むらじ  投稿日:2018年 3月26日(月)13時46分6秒
  斎藤先生に先生のようにふるまってしまうのは
滑稽ですが、世の中には頭の悪い人間が
いて自分の馬鹿さ加減を丸出しにする
人間がいます。
頭の弱さを丸出しにして自覚がない。
 

反論するのもバカらしい

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月26日(月)06時01分13秒
  格好良く英語を反論してきても、実際にあってその場で英語を話すと5分もいたたまれないで
逃げ出す人が殆どでしょう。
翻訳を開始した今から18年も前に、訳が間違っていると難癖をつけて来た人が
いた。こんな人に英語を話しかけたら反応しないだろうし、第一発音が全然ダメに
違いない。要は学校英語で終わった状態で私の訳に因縁をつけて来た。

日本人は直ぐ試験、TOEICを言い出すが、その裏には英語の基本である良い発音、
イントネーション、そしてスピードの感覚がまるきり抜けている。英語の基本は
ペーパーテストでは判定対象外であり、これでは英語を判定する基準としては
頼りない。

何よりも英語の真の力は本人が確認すべきものであり、テストにより他人に
判定してもらうものではない。英語は毎時毎分自分との闘いであり、判定は
その場でなされる。

私は今、英語を毎日1時間半は話している。最近は相手としてセルビア人を
選ぶ事が多い。彼らの知的レベルが高いからだ。残念ながらフィリピンは
がっくり落ちる。

何時も感じるのは多くの講師が先生を振る舞う事だ。
私を相手に先生なんて何をバカな事を言うのだと言いたいが、
これは大半の日本人生徒が初歩レベルだからこうなる。
要するに日本人が甘く見れらているのだ。

最後に英語を書いて来たこの人、毎日天井を見て青い顔しているのでは
ないか。それでは人生はゴミで終わってしまう。
健康な人生とは楽しいのだ。スイスイものが処理され、
人に信頼され、収入は増えて行く。




 

/113